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さよならと君の煙草

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「よっ」

自販機の影から突然姿を現した山本に、獄寺は驚いた様子もなく少しだけ眉を上げただけだった。
もしかしたら自分がこうして現れることをわかっていたのかもしれない、山本はそんなことを思いながら獄寺の目の前に立つ。

「奇遇だな」
「何十分もここにいた奴が何言ってんだ」

呆れたように冷たい声で言う獄寺に、山本はやっぱりお見通しかと小さく笑った。
思えば獄寺は自分の何もかもを容易に見抜いていた気がする。涙を隠していたときに、無理して笑ってんじゃねぇと叱り付けて来たのは、そういえば獄寺だけだった。
そのときのことを思い出してなんだか懐かしい気持ちになりながら、山本は真っ直ぐに獄寺を見る。

獄寺はいつもと変わらずに何が面白くないのか不思議なくらいに眉を寄せながら、どこか違うところに視線を向けている。
当然のように咥えられた煙草の火が薄闇の中浮かんでいる。
いつもならもっと容赦なく悪態を吐き出しているであろう唇は閉じられたままだ。
もしかしたら自分がこうして獄寺の前に現れた理由もとうに見通しているのかもしれない、山本は少しだけ笑った。
そうだとして、獄寺は何を考えているのだろう。
いつだって見透かされてばかりで、結局自分は獄寺のことは何もわからなかった。
わからなくたって育っていく思いはあるのだけれど。
こうして話すのはもう最後なのか、と思ったらどうしようもなく泣き出したくなった。
そんなことを言いに来たわけではないのに、行かないでくれと言ってしまいそうだった。

どこかに存在しているだけで幸せだ、なんてそんなところまで悟りきることは出来ないんだよな、やっぱり。

唇が歪んだのがわかった。山本は強く拳を握る。
獄寺が何も言わないままの山本に視線を向けている。伝えたいことは確かにあった。
けれど、言ったところでどうにもならないこともわかっていた。ならばその言葉に何の意味もないんじゃないか、と思った。
だからくだらない話をして、明るく別れの言葉を言えばそれでいいじゃないか、と山本はそう決めていた。
けれど、それじゃぁあんまりだ。
自分の気持ちが無駄だったなんて、それだけは何があっても認めることは出来ない。
獄寺にとって意味はなくても、この心は自分にとっては自分の全てと言っていいほどに意味があった。
だから、
ぐちぐち悩んでるなんてらしくねーよな、俺は俺の決めたようにするだけだ。

山本が小さく息を吸い込んで言葉を出そうと口を開いた。
しかし、山本が声を出す前に獄寺のいつもより少し抑えたような声が耳に入ってきた。

「さっき10代目に挨拶してきた」
「あ、あぁ、そっか」
「引き止めてくださったよ。俺がここにいることができる方法があるなら、何でもしてくださるって、闘うことすら厭わないって」

俺は幸せ者だ、と獄寺が小さく呟いた。
獄寺にとって綱吉がどういう存在であったのか山本はとうに知っていた。
だから張り合うつもりなど少しもなかったが、ついつい「俺だってお前がここにいられるためなら何だってするぜ」と強い口調で吐き出す。
言ったと同時に、お前になんてそんなことされても嬉しくねぇ、なんて返ってくるかもと山本は思ったが、獄寺は予想外にも少しだけ笑った。

「だろうな。お前もそういう奴だよな」
「獄、寺」
「10代目と出会えて、本当によかった。こんな日々を過ごせてよかった。ついでに、お前がそこにいたのも……悪くはなかったぜ」

獄寺が口を歪めて笑う。
けれどその目は酷く、酷く、
山本はたまらなくなって口を大きく開けた。

「獄寺、俺」
「……何だよ」
「いや、その」

言ってしまおうと思った。言いたかった。
けれど、言いたかった言葉は何故か出てこなくてどうしようもない。最後まで情けないと唇を噛む。
山本を見つめる獄寺の視線は常と違ってどこか優しい。
だからこそ酷い、と思った。そんな目をされてしまえば何も言えない。
気持ちを零したらそのまま涙も零れてきそうだった。心が震える。
だめだ、と山本は拳をきつく握り締める。
悔しかった。言えそうにもない気持ちが体中に鈍い痛みを与える。どうしようと途方に暮れた。
まるで迷子になった気分だった。
置いていかないでくれ、そんなことを本気で思った。けれど、それすらもやっぱり言えない。

情けない自分に内心で溜息をつきながら、結局最初に決めた言葉を口に出そうと山本は少し俯いていた顔をあげる。

「あのさ何か獄寺のもの俺にくれねーかな」
「はぁ?何で俺が」
「最後なんだからいいじゃねーか」
「アホか。最後なんてのが理由になるかよ」

容赦のない言葉で切って捨てられた。その上、『普通お前が何か寄越すもんじゃないのか、餞別』と言われてしまえば黙るしかない。
自分も彼に残せるものがあるとしたならば、きっとそれがなんであっても差し出した。
けれど、獄寺が自分の持つ何かを受け取ることはないように思えた。
獄寺の寄越してくる圧倒的な距離にいつだって歯噛みしていたのだから。
だから何か、せめて何か自分に形あるものを残したかった。自分の秘めた言葉の結果として、獄寺の一部分を。
服の切れ端だって、壊れたものだって何だっていい。
獄寺と自分が少しの間でも共に過ごしたのだということを、その証拠を形に残していつまでも刻み付けていたかった。

でもやはり無理だったか。
予想は出来ていたが、と山本は俯き大きく息を吐いた。
獄寺が少しだけ笑う。
そして思い直したように口を開いた。

「でもそうだな。最後くらいお前にも何かしてやってもいいか」

思わぬ言葉に山本が顔を上げたのと、獄寺が自分の咥えていた煙草を山本の口に押し込んだのはほぼ同時だった。
獄寺の唐突の行動に山本は驚く。慌てて煙草を落とさないように指でつまみ、獄寺を見た。

「え、何だよこれ」
「最後の煙草。お前にくれてやる」

そう言って笑う獄寺と指でつまんだ煙草を交互に見ながら、獄寺の意図が掴めずに山本は困ったように眉を下げる。

「何かよくわかんねーんだけど。最後って煙草やめんの」
「いや、そうじゃねぇけど。その煙草はそれで最後。だからお前にやる」
「はぁ」

最後の煙草、ねぇ。俺煙草吸わないんだけど。というか吸ってたやつって、それ……

そこまで考えたところで山本は、あ、これ間接キス?と馬鹿みたいなことに思い当たった。その瞬間、獄寺の少しだけ笑みの含んだ声が響く。

「言葉も気持ちも、俺はお前に何も遺してやれねーけど。でもまぁ最後だから、代わりにこんくらいは許されるよな」
「え」

獄寺の言葉に山本が目を瞠る。
聞きたいこと、言いたいこと、色々な言葉が体を駆け巡っているような気がするのに、全てが停止したように外へ出てこない。
ただただ獄寺を見つめる。
体の中に激しい音が鳴り響いている。獄寺は見たこともないような笑みを浮かべていた。

「鈍感野球馬鹿、お前はずっとここで笑ってろ。お前からの餞別はそれがいい」

その瞬間に山本は全てを理解した。
いつだって自分ひとりだけが一方的な思いを抱いていると思っていた。
何も見えていなかった。獄寺だけを見ていると思っていたのに、一番肝心なところだってまるで何一つ。
荒れ狂う感情に激しい眩暈がした。
作品名:さよならと君の煙草 作家名:柊**