さよならと君の煙草
それは溢れ出したいと訴え、鼓動を高鳴らせ唇を震わせる。
けれど、
「じゃぁな、山本」
その姿を見ているだろうに、山本がどんなことを思っているのかわかっているだろうに、獄寺はきっぱりと別離の言葉を吐き、あっさりと境界線を引いた。
離れていく背中を追うことは出来なかった。
もう手遅れだった。何もかも。
大切なことに気付けたのに、こんなにも好きなのに、絶望的にもう二人の間は終わってしまっていた。
少なくとも、獄寺の中ではとうに。
悔しくて、やるせなくて去り行く背中に声をかけた。
「獄寺、お前が好きだ」
大声で言ったつもりだった。例えもういらないと言われても、その背中に全てをぶつけてやるつもりだった。
もしかしたら獄寺に自分にだけしかあげられないものが、それだったのではないかという気がしていた。
けれど、出てきたのはみっともないくらいに震えた小さな声だけ。
あ、俺泣いてる。
そうして自分が泣いていることに山本は気付く。笑ってろ、って言われたのに、と小さく呟いて震えるように笑った。
体を震わせるたびに涙が零れ落ちる。
膝から力が抜けて行き、思わず座り込んだ。
膝を抱え込もうとしたところで、煙草の存在を思い出す。もうすでに煙草はかなり短くなっていた。
あぁ消えてしまう。
ほとんど反射的にその煙草に口をつけ、吸い込む。
苦さと苦しさに咳き込み、そして獄寺の纏っていた香りを思い出し、ますます涙が零れた。
消えていく煙草の火をどこか遠くから眺めるように見つめながら、山本は重い肺から息を吐き出す。
そして震える唇で笑った。
「何も遺せないなんて、嘘、ばっかり」
火の消えかけた煙草が刻み付けていったのは、思考を埋め尽くすほどの強烈な思い。
形のあるものなんかよりもずっとずっと自分に残り続けていくものだ。
最後まで、酷い奴だよ獄寺。
遺されていくだけがこんなにも辛いのだということをわかっていなかった。
彼の中にも何か自分の一部を遺せたのだろうか。
いや、何も伝えなかった自分には出来なかったのだろう。臆病者の自分には。
それすら、何もかも獄寺は見透かしていたのかもしれないが。
あの最後の見たこともないくらいに優しい笑みを思い出す。
どこまでも敵わなかったな、そう小さく唇を歪めて、山本はもう一度煙草に口をつけた。
空へと上っていく白い煙が、あまりに遠く感じてまた視界が滲んだ。
さよならと君の煙草
(20080123)