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永遠に溺れる

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屋上へと続く階段を軽やかに駆け上る。獄寺がどこにいるかなんて知らないけれど、でも多分知っている。確信を持ったこの足取りがそれを証明している。
彼の行動がわかりやすいのではなくて、きっと自分が彼のことばかり見ているからだろう。
山本は少しだけ面白くなって小さく笑った。

屋上への扉まであと数段。その最後の数段をスピードを少し落として、ゆっくりと確かめるように、踏みしめるように階段を上る。最後の段を上り終えて扉の前に立って、一旦足を止めた。そして小さく息を零す。

獄寺の前に立つとき、どこか少しだけ息苦しいような、それでいてひどく幸福なような、そんな不思議な気持ちになるようになったのはいつのことだっただろうか。
もう思い出せないくらい前のような気がするし、ついこの間のことのような気もする。
獄寺の前では、何故だか時間の流れ方が違うような気がする。永遠とも一瞬ともいえる、矛盾ばかりがそこにはある。
ずっとこの気持ちを抱いていたような気がするのに、それと同時にこれが初めての感情のような気がして、いつだって思考が奪われて、どうしたらいいかわからなくなるのだ。

困ったもんだよな、なんて首の後ろに手を当てながら山本は笑う。
その表情が困っているというよりは嬉しそうなものだということは、自分でも容易に予測できたが。
結局は彼と自分を繋いでいるものならば、どんなものだって嬉しいのだ。
脳裏に浮かべた姿にまた頬を緩めながら、山本は扉に手をかけてゆっくりとドアを開いた。

ドアを開け放した瞬間、柔らかな日差しと楽しげに舞い上がる風を受けて山本は目を細める。少しだけ狭まった視界で、それでもその目は唯一つのその存在を確実に捉えた。

やっぱりここだったな、と予測が当たったことに満足しながら、山本はそっとその背中に近づいていく。
風にのって獄寺の煙草の香りがして、何故だか眩暈がした。思わず足を止めたのとほぼ同時に、

「何の用だ、野球馬鹿」

振り向かないままにそう言葉がかけられる。温度のない不機嫌そうな声だが、刺々しさはない。
それが何だか少しだけ珍しくて、嬉しくて笑った。

「何笑ってやがる」
「いや、見なくても俺だってわかるんだなぁと思って」
「……気配でわかんだろ。あとお前は、足音だけでも馬鹿みたいにうるせぇ」

獄寺の声を苦笑いで聞きながら、山本は獄寺の隣に歩み寄り、獄寺の顔を覗き込む。予想通り、そこには眉を寄せた顔。いつでも眉間には深い皺が刻まれているから、もう消えることのないものなんじゃないかと時折思う。
せっかく綺麗な顔をしているのだからもったいないと思うし、彼の主君の前で見せる満面の笑顔なんかを見ているといつもそうだったらいいのに、と思うこともあるが、でも実は不機嫌そうな顔も好きだ、なんて山本は密かに思っている。

何もかも敵だといわんばかりに空を睨み付ける強い視線や、意志の強そうな引き結ばれた唇、誰をも寄せ付けないようなオーラ。
それらが、少しだけ和らぐその瞬間がたまらなく好きだと思う。
口では色々言いながらも、獄寺は山本の前では少しだけ自分の場所を許してくれるようになった。今だって、こうして隣で顔を覗き込んでも嫌そうな顔をしながらも、それでも拒絶するような空気はない。

まぁ、滅多に笑顔を向けられることはないけど、これだって大きな進歩だよな。

山本がまた小さく笑うと、獄寺が不審そうな顔を向けてくる。それに山本がニッと笑って返すと、獄寺は呆れたように鼻を鳴らした。

「テメーは本当におめでたい奴だな。いっつもへらへらしやがって」
「そうかー?」
「ったく……で、俺に何の用だ?」
「いや、用っつーか」

用があったわけじゃなく、ただ会いたかっただけなのだと言ったら、やはり嫌な顔をするんだろうな、と山本はさてどうしたものかと思案する。
適当な口実を考えるのを忘れていた。理由はどこまでも、会いたかったから、ということしか出てこない。素直にそう言ってもいいのだが、きっと信じられないという顔をされるのだろう。別に今さらそんなことでいちいち傷ついたりしないけれど、でも今日くらいは、などと山本が思考を流していると、

「お前俺に言いたいことあるんじゃねぇの」
「え?」

獄寺の意外な言葉に、山本は目を瞠る。
言いたいこと、というのは何だろう。内心で首を捻る。
特別言わなければならないことも言いたいこともないはずだ。しかし、いつでも言いたいことならあるのでせっかくなら、と山本は柔らかい笑みを浮かべた。

「好きだぜ、獄寺」
「なっ……」

笑みを浮かべた山本からの言葉に、獄寺は言葉を詰まらせる。赤い顔をしてふるふると肩を震わせている獄寺に、初めて言うわけでもないのに相変わらずの反応だなぁと山本が思っていると、ようやく衝撃から立ち直ったらしい獄寺がいつものように張り上げた声を出す。

「お、お前はバカか!そうじゃねぇだろ!」
「え、だって言いたいこと言えって言ったのは獄寺じゃん」

だから、と続けようとした山本の言葉を慌てて遮るように、獄寺がそうだけど、そうじゃねぇよ、馬鹿、と苛立たしさを滲ませ、頭を掻き毟るように髪の毛をかき混ぜる。

「え、俺なんか違うこと言った?」
「だから!そうじゃなくて、お前、今日誕生日なんだろうが!」

胸元に指を突きつけられながら言われた言葉に、山本は驚いて瞬きを繰り返す。そんな山本を見ると、獄寺は舌打ちをして顔を背ける。それはどこかばつが悪そうな様子で、確かにちょっと今のは獄寺らしくはないかも、なんて山本は思いながら、自然と浮かんでくる笑みをそのままに、

「獄寺覚えててくれたんだ」
「んなわけねぇだろ。10代目が今日お前の誕生日だから、祝ってやってくれって……」
「うんうん、そうなのな」
「だっ、だから、10代目がそうおっしゃるからしかたなく……」
「うん」

獄寺の言葉に山本が頷くと、獄寺はそっと窺うように山本に視線を向けてくる。そして、また何かが詰まったような顔で体を一瞬硬くして、そしてはぁとわざとらしく深く溜息をついた。どこか赤い顔で山本を恨めしそうに睨みながら、

「お前、その気持ち悪い顔やめろ」
「え?」

気持ち悪いなんてひでぇなぁ、と山本は笑う。

「だから笑ってんじゃねぇ!」

声を荒げる獄寺に、それでも山本はその笑みを消すことなど出来そうにもなかった。
理由や経緯など、大したことではなく、ただ誕生日だという事実に少しでも意識を向けてくれたことが嬉しいのだ。
そして、嬉しくて、嬉しすぎて息苦しい。

「ありがとな、獄寺」

だから、山本はそれしか言えなかった。
そんなんじゃ自分の嬉しさを何も伝えられないことはわかっていても、それ以外何を言ったらいいかわからない。
ただ獄寺が自分の誕生日を意識してくれたという事実と、そのことで溢れてくる様々な色の感情に何もかもを奪われて、呼吸さえままならない。


ずるいよなぁ、獄寺は。こんな風に簡単に俺をさらう。


山本は自分を埋めつくす感情の波に眩暈がして、そっと瞼を下ろす。
視界を閉じた山本の耳に獄寺の声が入ってくる。

「お前のことだから、誕生日だから祝ってくれとか絶対言ってくると思ってたのに」
作品名:永遠に溺れる 作家名:柊**