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永遠に溺れる

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普段は図々しいくせにわかんねぇ奴、と小さく呟いた後、獄寺が不本意だがと前置きして、

「10代目の頼みとあってはしかたねぇ。テメェの欲しいもの何でも、一つだけくれてやる」

その言葉に山本は感情の波がまた大きく揺れたのがわかった。

獄寺が、自分のために、
どんどん溢れ出していくその感情は、前に名前をつけたはずだったのに、それは全然違う色を山本に見せる。
今までだってこれ以上になく好きだと思っていたのに、そんなもの軽く凌駕する思いに、体が震える。
好きだ、という気持ちの上は一体何なんだろう。最早、きっとこれは言葉になんかならない。
こんな思いをくれた獄寺に、もう何も望むことはない気がした。本当は欲しいものはもっとあるのかもしれないけれど、これ以上満たされるのが怖いくらいに、ただただ幸福に目が眩む。

山本はそっと瞼を持ち上げて、獄寺を見る。獄寺はどこか違うところに視線を向けていたが、山本に意識を向けていることは山本にもわかった。
また泣きそうなくらい嬉しくて、苦しくなる胸をおさえながら、

「俺は今ので十分。獄寺のその言葉だけで、俺一生生きていけるわ、きっと」
「はぁ!?」

大げさなと言いたげな獄寺の様子にそっと笑いながら、大げさでなく本当に山本は思う。
獄寺が自分のものならと思ったことがないと言ったら嘘になる。でも、こうして側にいることを許されているだけでも奇跡みたいに幸せで、だからもういいんだ、とそう思う。

今ここで、今の俺と今の獄寺がこうしていることだけで、もう。この時間はきっと一瞬で永遠だ。

「最高の誕生日をありがとな」

そう言って笑う山本に、獄寺は眉を顰めた。
そして、不満げに舌打ちをして、山本に向き合うように体の向きを変える。

「お前は図々しいくせに、そういうところがなんでそうなのかわかんねぇって言うんだよ」
「いやー……」

いまいち獄寺の言葉の意味を掴みきれずに山本が誤魔化すように頭を掻くと、獄寺はあぁクソ、と悪態をつく。
そして、大きく息を吐き出し、何かを決心したように山本と視線を合わせる。

「テメェに何でもくれてやるって言ってんだろうが!仮にも俺が好きだっていうなら、もっと欲しがりやがれ!」
「…………え」
「たとえ10代目の命令だって、どうでもいい奴に何でも欲しいものくれてやろうなんていうわけねぇだろ!わかれ、そんくらい!」

あまりのことに脳がどこかへ行ってしまった山本が呆然と獄寺を見つめていると、獄寺は忌々しいと顔を思い切り顰める。

「くそ、なんだって俺がこんなこと……こんな野郎に」
「俺、これ以上欲しがっても、いいのか、と思ってた」

ようやく戻り始めた思考をフル回転させて出てきた山本の言葉は気の抜けたような音だった。
獄寺は顰めた顔をそのままに、乱暴な口調でそれに返す。

「だからいいって言ってんだろ。まぁいらねぇって言うなら」
「いる!俺は獄寺が欲しい!」

思わず飛び出した自分の本音に、山本が息を詰めると、一瞬の沈黙の後、

「最初からそう言えばいいんだよ、馬鹿が」

獄寺は呆れたようにそう言って、笑う。
あ、眉間の皺がない、とそんなことに気を取られている間に、獄寺の顔がどんどん近付いてきて、そっと唇に温かいものが押し当てられる。煙草の香りがして、また視界が眩んだ。

「……あ、れ」
「お前なぁ、目くらい瞑れ」

獄寺の言葉にようやく、何が起こったのかを山本は理解して、すでに波とは言えない、嵐のような感情の渦に身動きできずになんとか深呼吸を繰り返す。

「どうしよう、獄寺」
「あ?」
「俺、獄寺が好きすぎて、そんで今が幸せすぎて、死ぬかもしれないんだけど」
「そんなんで死ぬかよ、馬鹿か!」

獄寺の怒鳴り声を聞きながら、山本は荒れ狂う感情に深く深く沈んでいくような感覚に震えた。
あまりに苦しくて、やっぱり死にそう、と小さく呟くと、勝手に死んだら殺す、と獄寺が物騒なことを言ってまた口付けるので、山本はますます苦しくなって、獄寺にしがみつくように抱きついた。

でも、このまま溺れ死んでもいいかなぁと頭の片隅で考えたが、腕の中の獄寺があまりにも温かくて愛しいので、やっぱり死ねないよなぁと深く息を吸い込んだ。


溺れるような感情の渦に沈みながら、それでもきっと俺はこの腕に奇跡を抱いて生きていく。



永遠に溺れる
(20080424)
作品名:永遠に溺れる 作家名:柊**