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Return to the dream

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4.




マキバオーの容体は、本多ファームに移って3週間ほどでいったん安定した。
骨折自体の完治はもちろん年単位の時間が掛かるが、脚に埋め込まれたボルトのずれから来る患部の壊死・感染症等にさえ気を配れば、当面生命が危ぶまれる事態を心配する必要はなくなった。


朝の状態チェックのため、マキバオーが処置室へ連れて行かれている間に、カスケードは飼葉をとる。食事が終われば通常、身体チェックののち専用の放牧地に放されるのが日課なのだが、マキバオーが来てからは予定は崩れがちだ。

日がなマキバオーの世話をあれこれと焼き、わが身を省みないカスケードを心配する声もスタッフの内から上がったが、そう長い間のことではないからと帝王は意にも介さなかった。

「おはよう、カスケード。調子はどうかね?」
「俺の方は変わりはない。それよりあいつの方はどうなんだ?」
「骨折箇所は両脚とも悪化の傾向はないようだよ。血液検査の結果も、目に見えて良くなってきている。今日は短い間だが放牧地で日を当ててみようかと医者たちが話し合っていた」

話しながらカスケードの馬房内を見渡し、本多は苦笑する。
「しかしなんともまあ、不思議な住処になったものだな、カスケードよ」

吊るされた状態からは開放されたものの、マキバオーといえども四六時中後肢だけで立っているわけにはいかない。となると座るにしろ寝転ぶにしろ、皮膚の弱い馬にとって長時間同じ体勢でいることはやはり褥瘡(床ずれ)の原因となる。

別れた次の日には連れ立ってやってきたみどり牧場のふたりと本多と、その本多に尻を叩かれた医師団とが、やれプールに浮かべてはどうかとか、いや馬房に布団を敷けだとか、喧々囂々と話し合った結果、カスケードの馬房に運び込まれたのはなんと人間用のウオーターベッドのマットレス部分だ。
カスケードの馬房は広いので、面積的には問題はない。……が、サラブレッドの居住区としては異様なことこの上なかった。

「初日に一日中、お前がマキバオーを腹に抱えていたと聞いて、飯富さんが恐縮していたぞ。お前の方が逆に褥瘡(床ずれ)になってしまうと心配もしていた」
「頼むと言われて、任せておけと俺は請け負った。当然のことだ」
「……そういう頑固なところはヒロポン似だな。お前の母も、やると決めたことはやり遂げる、強い馬だった。だが、くれぐれも無理をして、私に後悔はさせないでくれよ。マキバオーを恨むようなことはしたくないが、正直そうなってしまったら恨まない自信はない」
「……約束する」



本多に引かれカスケードが医務室に向かうと、体格のよい医者の膝に抱かれて、マキバオーは薄くスライスされたりんごを口へ運んでもらっていた。
「あっ、カスケード。朝ごはん済んだの?」
「ああ。おまえは今日は、鼻から食わずに済んだのか?」
「んあ~。鼻からも食べたのね。調子が良くなったから、りんごも食べていいって言われたのね」

とってもおいしいのね、と笑うマキバオーは、3週間前まで会話もままならない状態だったとは思えないほど回復している。このまま順調に行けば、みどり牧場に帰る日も近いだろう。

カスケードが医師のチェックを受ける間中、白い生き物は鼻から摂取する液体流動食が如何に味気ないものか、りんごは何故こんなにもおいしいのかと熱心に説き続け、本多とカスケードを大いにあきれさせた。


作品名:Return to the dream 作家名:ぽち