闘神は水影をたどる
オベルの兄弟
フェリドは夕餉のあとも、部屋に帰らず剣を振るっていた。欠かしたことのない日課である。
彼は常に真剣を使う。軍の合同訓練であっても、一人、両手指を金気臭くさせている。
あくまでこのくろがねの重みを知らなければ、いけないと思っている。
十三の暮れだった。海賊討伐のさなか、フェリドをこどもとあなどり向かってきた海賊がいた。男の読みは確かだった。フェリドの実動経験は片手にも満たなかった。鍔競り合いに力負けし、剣はフェリドの支配を逃れ、飛んだ。貫いたのはいまのいままで押していた男の太腿だった。男は己の脚からどうどうと流れる血に逆上し、丸腰のフェリドに襲いかかった。
結果、男を斬ったのはサルガンである。
事実、真剣は重たかった。弾かれる瞬間、手首はおかしなほうに揺られたと自覚している。
事実、オベル海軍軍規は敵の殲滅を銘じていない。
事実、サルガンとの長年にわたる一本勝負は、フェリドの一本負け越しとなる。
それから四年経ち、海神の一本槍と呼ばれるまでに成長したフェリドは、多くの人間のいのちを相手に剣を振るった。鉄こしらえの剣はもう重くない。まるで腕の筋骨がそのまま伸びて鋭く鍛えられたような感覚がある。仲間はそれを、畏怖と揶揄いを込め「振るいたがり」と呼んだ。
刀身に宿る重みは決して捨てず、常に鞘に納め、この身に携えよう。
フェリドはしかしいつの頃からか、鞘に外側から絡みつくなにかを感じていた。
それは、誰かが足をだらりと引き摺ったまま、体裁かまわずフェリドにしがみついてくるような澱だった。振り返ると無数の足を引き摺った跡が伸びているのではないかと、ありもしない気配にぞくりとすることもあった。
フェリドは深呼吸をし、刃で水面に横薙ぎにした。わずかな厚さで掬いとられた水飛沫が飛ぶ。
この時間、フェリドの鍛錬はいつも一人だった。以前は――うんと以前は、弟が試合を付き合ってくれていたのである。
兵舎のほうがざわついていることに気づいていた。しかし、リグドがいることも知っていたので手出しはしなかった。
海兵どうしの小競り合いやそれ以上の問題が起こっても、優秀な弟は文字どおり、冷水を引っかけるようにして沈静化させるだろう。
濡れた刀身を拭っているときに階段を上がってくるリグドが見え、少し困ったなと苦笑したが、その後ろに小さな長女の姿をみとめて、フェリドは立ち上がった。
「フェリド兄様」
「ロゼ、なんだってこんな時間に外にいるんだ?」
入れ替わりで水場にやって来た長兄は、妹の姿を見ていなかった。
ロゼリッタは子どもらしい表情をさっと曇らせて、隣にいる次兄を窺い見た。フェリドは苦笑する口元を隠して前に出た。次兄が長兄を蛇蝎のごとく嫌っていることを危惧している妹は、いとおしいほど憐れだった。リグドは表情を凍らせたまま、不機嫌さを露わにしている。