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HONEYsuckle

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"the bond of love"


 俺のひいじいちゃんは、有名なサッカープレーヤーだった。
 今や主流は宇宙でやるエレメントサッカーだが、その頃のサッカーは地面を走り、ボールを蹴ってゴールを目指すスポーツで、ひいじいちゃんは世界でも有名な選手だったと聞いている。宇宙人と戦って国を守った英雄だとか、史上最強のゴールキーパーだとか、伝説はひっきりなくて、俺の憧れで目標で、そして見たことも会ったこともないけど多分、大好きなひいじいちゃんだ。


「…元気だった?」
 円堂は極力含みのないよう笑顔を繕って、指折り数えるには手が足りない程に久しく会うその男の隣に腰掛けた。目の前に座れなかったのは、真正面から顔を見る勇気がなかったからだ。鬼道はぎこちない相槌をうって、円堂が店員にコーヒーを注文する横顔を盗み見ていた。昔は苦いからと敬遠していたのに飲めるようになったのかと、軽口を叩けるだけの余裕はなかった。
 沈黙が流れた。何かを言い出せばそれが相手を傷付ける気がして、声が出なかった。敢えて選んだオープンしたばかりの喫茶店には何の思い入れもなくて、隣に座る男は記憶の中より遥かに歳をとっていて、何もかもが、過ぎ去ってしまったのだと突き付ける。
「なあ、うちのと鬼道んとこの息子同士、友達だったなんて知ってたか?」


 ひいじいちゃんだけじゃない。俺の血には深くサッカー好きの遺伝子が刻まれているらしく、父さんもじいちゃんもサッカープレーヤーだった。辿れば父さんには二人のじいちゃんがいて、そのうちの一人は言わずもがな俺のひいじいちゃんで、もう一人は、鬼道有人という大きな会社の社長さんだった人だそうだ。
 ご先祖さんをこんな風に呼ぶには何だか変な感じがするのだが、俺はその鬼道有人さんに対して尋常ならざる親近感と興味を抱いてた。その人もまた天才的なサッカープレーヤーだったのだと、ひいじいちゃんはいつも嬉しそうに自慢しては有人さんに怒られていたらしい。有人さんは多分照れていたのだと父ちゃんは言う。二人のじいちゃんはとても仲が良かったのだ。二人のじいちゃんにサッカーを教わった父ちゃんが言うのだから有人さんが凄く選手だったというのは恐らく本当で、そしてまた、鬼道有人さんのひ孫、つまり俺の従兄弟は、俺の親友でもあって、そのひいじいちゃんだという意味でもとても、気になる人だというのは確かだった。


「…この間、結納に来たとき聞いて初めて知った」
「だよなあ、俺も知らなかった。学校も違うし、鬼道の息子はサッカーやってなかっただろ?」
「ああ」
「…なのに出逢うもんなんだな…それこそ本当に運命っていうかさ」
「その上結婚とはな」
「本当だよなあ」


 じいちゃんは一人っ子だったけれど、ばあちゃんには弟がいた。その弟というのが俺の親友のじいちゃんなわけだが、ばあちゃんは自分の弟の親友だった俺のじいちゃんと結婚して、父さんが生まれ俺が生まれた。とても複雑な話で昔はよく分かっていなかったのだけれど、つまるところ有人さんの血筋とひいじいちゃんの血筋は、俺の代に至るまで幾度となく深く絡んでまるで腐れ縁なのだ。


「…俺の娘が『円堂』になるのか」
「だな」
 言葉尻が笑っていた。
「…流石に、因縁めいて思えるな」
 鬼道は晴れやかに顔を上げて目を細めた。昔よりずっと穏やかに、それでも皮肉ぶった口調は変わらなくて、円堂は引き寄せられるように目元を弛ませた。年月はたしかに残酷だった。好きな相手の子供の話をして、違う色の指輪を嵌めた薬指を並べて、幸せだと、言って笑う。大きく筋張って逞しくなった手は握れはしないし、乾いた唇は二度と触れ合いはしない。離れて別れて時間は経った。それなりに人生を重ねてきた。今さら恋だ愛だと騒ぐには恥ずかしい歳で、若かった頃の思い出は少し照れ臭いのにいつまでも剥がれなくて。

 結婚の話を聞いた日から、眠れない夜は続いた。何十年も経ってようやく薄れてきた未練や後悔が掘り返されて、目を閉じるのが怖かった。同窓会で再会して不倫というお約束の展開を考えれば考える程に恐ろしく、かといって堆く積み重ねられた嘗ての思いの残骸が再燃しないとも言い切れず、堪らなく悩み抜いて頭を抱えた。
 子供の結婚相手としては申し分ない相手だった。断る理由も筋合いも権利もない。子供の幸せのためなら舌を噛む覚悟だってあると思えたし、自分に与えられた選択肢など無いと気付いていた。選ぶ自由など端から用意されてはいないと知っていた。
 決意を固めた夜、眠れないまま、目を瞑ることなく天井を眺めていた。分厚い屋根を突き破って星空が見える気がして、横たわったまま涙が耳に流れるのを放っておいた。体が縛り付けられるように重かった。もし手を伸ばそうものなら錯覚の光は消え、後には何も掴んでいない掌と無機質な天井だけが残るだろう。プラネタリウムに空はない。車の上で夢を語り合いながら仰いだ星空だけが本物だったのだ。あの頃だけが正しかったのだ。
 悔し涙が流れ星のように光を反射したことを二人は知らない。願いは叶わなくて良いということを条件に誓った約束をお互い未だに守り続けて、ほんの一握りの目に見える幸せだけを大事に生きていた。一番見えやすい幸せを掲げて精一杯に笑って、まるで宝物のように見せていた。
 それは決して嘘ではなかった。

作品名:HONEYsuckle 作家名:あつき