りりなの midnight Circus
第十二話 隙間
目が覚めた。そして思ったのは、また違う天井だと言うことだけだった。
エルンストは、なれてしまった感触に特に感慨も浮かばず、ベッドから抜け出した。
(軍服のまま眠るのは癖になってしまったな)
いつも着ている制服の上着を脱ぎ、ソックスを外した形で眠るのは急な任務に即応するためだった。しかも、彼はそれまで行ってきた任務の特性上、同じ場所で眠る機会というものが極めて少なかった。
(18年間変わらないか)
ソファの上にぞんざいに投げ出された上着を身につけ、不器用な手つきでネクタイを締めながら、彼は既に色あせつつあるかつてのことを思い出していた。
4年前、彼が14歳の時時空管理局の魔導師となり、再び闇へと落ちていった時よりも昔、彼は今では場所すら思い出せない裏通りに住まう子供だった。
所謂ストリートチルドレンと呼ばれるその難民は、彼が生きていた国では珍しい者ではなかった。物心つく頃には既にその光景は彼にとって日常であり、それ以外の世界があることなど知りもしなかったあの頃。
あの頃に比べれば、今という時間がどれほど恵まれていることか。
飢えることもなく、病気や大人の影におびえることもない。すみかを終われ、仲間が犯され銃殺されるそんな光景を見ることもない。
必要以上に何かを求めなければなにも失うこともない。
エルンストは、机に置いた彼の唯一の持ち物、彼が気づいた時には持たされていた一つの宝石を手に取り、それを部隊章と共にポケットにしまい込んだ。
小さな赤い宝石。殆ど真球を保ち、光の加減によっては透明にも不透明にも見える。これが所謂魔導師のデバイスだと知ったのは、ごく最近のことだった。
既に機能を失い、何の反応も示さないそれは、修復しようと思えば修復も可能だった。しかし、エルンストはそれを拒んだ。その理由は分からなかった。
ひょっとすれば、そのデバイスは死んだ(かどうかは分からないが)両親のものだったのかも知れない。ひょっとすれば、両親の情報がそれに込められているかも知れない。しかし、エルンストはそれを知ることに恐れを感じた。
(それに、今頃知ったところでどうなるわけでもない)
エルンストは仕上げに腕に多目的通信機をはめると、ふと窓の外を見た。
窓の外に誰かがいる。
作品名:りりなの midnight Circus 作家名:柳沢紀雪