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Effects&Truth

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Effects・2


相沢から手紙が来た。消印はベルリン。
それだけでも驚くというのに、その中には、天方伯と共に来たから会わないか、と記されていた。

すぐさま私には相沢の意図が読めた。
しかし、信じられなかった。
幾度となく見た相沢の筆跡だと認識できても、見紛う事なきベルリンの消印であっても、その申し出が私をぬか喜びさせる相沢の謀略なのではないか、と言う心地を捨て去ることはできなかったのだ。
しかし、『相沢との再会』の可能性が私の胸中を歓喜で満たした。
疑念よりもこちらが、私の心へ鮮烈で甘美なるものとして響いたのだ。

もちろん、エリスを捨てることなど、私には考えられない。
辛さ、苦しさから私を救い、温もりを与えてくれたのが、エリスであったからだ。

だが、私には、私でさえ忘れていた未練がまだ根強く残っていたのだ。
相沢のあの笑顔を今一度見たいと、相沢への、本来ならば異常であるはずのこの愛が、私に訴えかけるのである。
そしてもう一つ。天方伯の存在を告げてきた相沢は、私の名誉を回復する機会を与えてくれたのではなかろうか。

相沢のくれたこの二つの好機を私は逃して良いものか。
おそらく、どちらもこの機会を逃せば、一生失ったままになるのだ。
そして、私はその事実を、一生後悔するに違いなかった。

エリスが私の浮かない顔を見て、何か良くないことでもあったのか、と問うてきた。
私は相沢から手紙が来たのだ、と話すと、己のことのように喜び、喜々として私の身支度を整え始めたのだ。
相沢は、私に職を与えてくれたものであり、エリスにとっても恩人である。
だからこそ、これは喜ばしいことなのだ。
しかし、私の野心を彼女が知ったならば、このように微笑みかけてはくれなかっただろう。

「このような格好をなされば、誰も場違いだとは思わないでしょう。
どうして、そのような顔をなさるのですか?
本当なら、わたしもあなたについて行きたいくらいなのに…」
エリスがうつむき、顔を曇らせていく。
「…しかし、このような格好をなさると、私の豊太郎さんではないような気がしてしまいますね」

はにかむような微笑みの後、エリスの眼には強い光が宿った。
「もしも、あなたが前のようになられたとしても、どうか私を見捨てないでください。
わたしの身にあなたの子が宿っていなくとも、どうか…」

私にはこの時、心の奥深くにある野心を語ることは出来なかった。
思いが明確ではなかったからである。

私の中で明確なのは、ただ一つ。
「私はただ、相沢に会いたいだけだ」



天方伯との面会を済ませ、翻訳の仕事をもらった後、相沢に昼餉(ひるげ)に誘われた。
私は当然それを承諾する。
旧知の仲であれば、久々の再会を喜ぶのは当然、更に、我が胸中にくすぶり続ける恋情が、別れたときよりも精悍になっていた相沢と、離れがたくさせていたのだ。

私は相沢に問われるまま、ドイツでの私のことを語った。
免官の故、エリスとの生活、等会わなかった数年間を埋めるようにして、ありとあらゆる事を語り合った。

その間に、私は思い知らされていた。
相沢の一挙手一投足、何気ない仕草や表情にまで見入ってしまうに気づき、離れていた間に募った想いと、再会して更に相沢へ惹かれてしまっていることに。
私はこんなにも相沢に支配され、こんなにも全身で求めていたのか、と。

だから、免官の故を語るときに、相沢の失笑を買わず、まして、私をおとしめた者達を罵りさえしてくれたことが、この上なく、私を安堵させた。

「私は、相沢、君と再び相まみえることが出来て嬉しい」
心の底から、その想いがわき上がってきた。
その瞬間、私は完全にエリスのことを忘れ去っていた。
あまりの歓喜と安堵に、目の前の相沢しか見えなかった。
「もちろん僕もだよ。…でも、君が女にかまけていることには正直、失望した」
言葉の合間に彼がゆっくりと瞬きをする様さえ私はじっと見つめていた。
「母上がお亡くなりになられたというのに、君はその、エリスとか言う少女と離れがたかったからと言って、帰国しようともしなかった。
…もちろん、それが君自身の沽券に関わることなど、承知しているから、仕方のないことだけれど。
それよりも、君がその少女のせいで、名誉回復の好機を逃そうとしていることの方が信じられない」
相沢の眼差しが怜悧さを増す。
私はいたたまれなくなって、相沢と視線を交わせなかった。
「もしも君が名誉回復を望むのなら、その女と別れなければならないだろう。
僕は君の才能をこんなところで埋もれさせたくない」
相沢の言葉がずっしりと胸にのしかかった。
彼の言葉は少なからず私の心中で違和感として存在していた思いだった。
私は決して相容れない二つの望みを同時に叶えようとしていた、傲慢な人間であったのだ。
「天方伯は今は君のドイツ語を利用しようと思っているだけだ。
そして僕も、今の君の状態でそれ以上を伯に望むことは出来ない。
個人的な感情のみで動けば、僕も君のようになるだろうから。
でも、もしも、だ。君が僕が推薦しうるだけの能力を持っていると伯が理解したならば、話は変わってくる」
分かるかい、と問うようにして、相沢が鮮やかな笑顔に転じたのと、私が驚きで顔を上げたのはほぼ同時であった。

甘さと鋭利さの同居する面に浮かぶ微笑みは、抗いがたい魅力を持っていた。
やや鋭利さが勝っていたのに、一転して甘さが全面に現出するからである。
過去よりも精悍さが増していただけにその甘さ、色香と言い換えても良いだろうが、それが強烈に胸中へと響いた。

呆然とする私をそのままに、笑みを浮かべたまま、相沢は続けた。
「君が名誉回復を望むのなら、僕は友として協力を惜しまないだろう。
君が誠意を見せてくれさえすれば、ね」
暗にエリスと別れろと言っているのは、頭では理解できていた。
だが、私には相沢の強調した『友として』という言葉の方が胸に深く突き刺さったように思われた。

相沢が私へ向けてくれていた愛は、この離れていた歳月が風化させてしまったのだろうか。
私がずっと私と同じように思い続けてくれていたと思っていたのだが、それは利己的な願望であって、相沢の本心は、恋情によって結ばれた関係を断ち切りたかったのであろうか…。

この時、私は相沢の当てつけとして、エリスとの関係を続けると宣言しても良かった。

しかし、私には出来なかった。

相沢の意に染まぬ返答が、相沢の顔を落胆の色に染め上げるのを、私が拒絶したからである。
悲嘆の底に沈んだ我が心を更なる深みへと誘えるだけの余裕が、この時の私には皆無であったのだ。
作品名:Effects&Truth 作家名:狭霧セイ