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Effects&Truth

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Truth・2


チャンスは以外に早く訪れた。
僕が秘書官をしている天方伯の、ドイツ行きが決まったのである。

僕はそれとなく天方伯へ、彼の語学力を利用してはどうか、と吹聴(ふいちょう)することを忘れなかった。
伯を糸口として、彼を政界へ復帰させやすくなるからだ。
伯がそれだけの力を持っておられ、彼が舞姫と別れさえすれば誰もこの提案を却下しないと踏んだのだ。
彼の才知故、算段はつく。
彼は、政界を動かす為の教育を受け、成果を上げてきた。
一介の通信員などで終わるような人間ではない。

僕はベルリンについてすぐ、彼に文を出した。
僕には、確信があった。
彼がそれを受け取ってすぐに、僕のもとを訪れると…。

彼の中の野心が無くなっていたとしても、必ず僕を訪ねてやってくるだろう。
僕はそのように彼を愛したのだから。

予想通り、彼は来た。
そして、伯は僕の助言通り一つの文書の翻訳を彼に任せていた。

その後、僕は彼を昼食に誘った。
事前に伯からは承諾を得ていたので、存分に空白の数年間を語り合うことが出来た。

彼がかどわかされている舞姫の名はエリス。年は十八、九。
ヴィクトリア座の舞姫だが、今は病(エリスの母が言うには妊娠らしい)で休んでいるとのこと。
付き合い始めたのは免官の少し前で、金に困っているところを助けてやったときらしい。
今は共に暮らしている。
など、様々なことを彼は語ってくれた。

その間に、僕は彼が前よりもだいぶ痩せていることに気が付いた。
前から痩せ気味であったのに、更に余分な肉が落ちて、儚さがより際だっていた。
瞳には高潔さよりも憂いが色濃く、人目さえなければその身を腕の中に閉じ込めてしまいたいほど、頼りなげであった。
そこまで彼をやつれさせたのは、僕だけでなく、そのエリスとかいう女がより大きく関わっているのだろう。

「私は、相沢、君と再びあいまみえることが出来て嬉しい」
彼ははにかみながら、呟いた。

それは僕とて同じだ。
僕には彼しかいなかったのだ。

…しかし、彼は相手の女の手管がいかに巧みだったとしても、僕以外を愛した。
そして、政界から、僕からも遠ざかる結果になっている。
それは、代え難く、許し難い事実なのだ。
「でも、君が女にかまけていたことには正直、失望したよ」
母上がお亡くなりになられたというのに、彼はその女と離れがたかったからと言って、帰国しようともしなかった。
もちろん、それが彼自身の沽券に関わることなど、承知しているから、仕方のないことだけれど。

それよりも、彼がその女のせいで、名誉回復の好機を逃そうとしていることの方が信じられない。
もしも彼が名誉回復を望むのなら、その女と別れなければそれはあり得ない。
だが、彼の口からは「別れる」という言葉はない。

彼に名誉回復を望む心がないのならそれでいい。
だが、もしその心があるのなら、今の状態で、僕は伯に何を望むことが出来るだろう。
このままでは、伯は彼の語学力を利用するだけで終わってしまうと言うのに…。

「君が名誉回復を望むのなら、僕は友として協力を惜しまないだろう。
君が誠意を見せてくれさえすれば、ね」
僕はあえて、「友として」という言葉を強調して言った。

すると、彼が僕を忘れられていない証拠に、表情をサッと凍てつかせた。

…そう、それでいい。
君は今、僕の言葉の真意がつかめず、悩んでいる。
そうやって、僕のことだけを考えていればいい。
僕のことだけを…。



彼の才を認め始めた天方伯は、彼を自らのロシア行きに同行させることを決めた。

ロシアでの彼はまさに完璧であった。
流ちょうに数カ国語を操る彼は、凛として美しく、誰にも屈さない威厳と共に周囲を魅了した。
だが、彼の頑ななる心は、公以外で自らの傍に人を寄せ付けるのを良しとせず、孤独のみを好んだ。
憂える表情と細い溜め息を見ることが出来たのはおそらく、僕だけだったはずだ。

断言できないのは、僕があまり彼と共にいなかったからだ。
僕はあくまでも裏方で、通訳の彼と共にいたのはせいぜい食事の時と、大きな会席の時くらいだった。

彼の憂いは僕の存在故である。
僕がそうなるように仕向けたのだ。
こうやって、彼は僕だけを思い、あの女の事は忘れていくのだろう。

全てが僕の思惑通りだった。
この後、彼はロシアでも更なる活躍を果たすだろう。
そして、伯は彼を日本へと連れ帰るのだ。
僕は再び彼と共に働き、生活することが出来るようになる。

…これ以上の喜びがあるだろうか。
以前のように彼が僕にだけ本心をさらけ出し、瞳の輝きのうつろいを見せ、そして、二人でまたあの甘美なる快楽に酔いしれることが出来るのだ。

そのためにも、彼が別れを告げずにいるあの女をどうにかすればいい。
僕の、ひいては彼の幸福のために、あの女の存在は排除せねばならないのだ。



昨日、伯より日本への同行を命じられ、彼は承諾した。
見事、名誉回復を果たしたのである。
だが、彼の表情はどこか優れず、待ち望んでやっと手に入れた、という心持ちとはほど遠かったように思う。

そして今日、彼が風邪を引いて倒れた。
ロシアから帰り、まだ数日しか経っていないことを考えると、その疲れが何かをきっかけに現れたのかもしれない。
だが、本当にそれだけだろうか?

…やはり、あの女かもしれない。

僕は見舞いを口実に早めに仕事を切り上げさせていただいて、住所を頼りに彼の暮らす家にたどり着いた。
戸口を叩くと、一人の女が出てきた。
一度も会ったことがないというのに、一目でこの女こそが、エリスなのだと確信した。

黄金色の巻き毛に縁取られたその顔はあどけなく、それ故、狡猾さをひた隠しにするような後ろ暗さを感じさせた。
すらりと華奢(きゃしゃ)な身体の中で、唯一腹が少々出ている。
妊娠しているというのは本当らしい。

「僕は相沢という。太田の見舞いに来た」
「相沢、さん…?」
女はうかがうように上目遣いで僕の目をのぞき込んできた。
そのわざとらしい目つきにイラついて、ことさら不機嫌そうに女の蒼き双眸を睨(ね)め付けた。
…この、こびへつらうような眼差しにはプライドの欠片さえもない。
彼の目とは大違いだ。
色は深くとも、中身の薄さがそれを軽んじさせる。
人によってはこの双眸(そうぼう)を美しいと褒(ほ)め称えるのだろうが、僕は嫌悪以外何も感じなかった。

「僕は太田の見舞いに来たんだ。彼の所へ案内してくれないか?」
普段の僕なら確実にしない、脅しのような口調で言うと、女は無言で彼のもとへ僕を連れて行った。
作品名:Effects&Truth 作家名:狭霧セイ