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小説PSU EP1「還らざる半世紀の終りに」 第1章

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universe12 全ては回り続けている


「これでもう、20体ぐらいは見てる気がしますわ」
 足元に崩れる人型だったものを見下ろして、アナスタシアは呟いた。
「完全に敵の管轄下ですね、これは」
「敵は質より量で疲弊させるのが目的でしょう。踊らされないように気をつけなくてはなりませんわ」
 確かに、今戦ったロボットは小型だがいやに長期戦を強いられた。倒しても倒しても立ち上がり、ぼろぼろになっても動くのをやめなかったのである。結局それは自律型ロボットではなく、制御装置によって操られているものだと気付くまで無駄に体力を使わされてしまった。
 他にも集団で飛ぶ小型飛行メカなど、強くはないが面倒な機械ばかりだった。一番最初に出てきたランチャーおばけ以外は苦戦を強いられることはなかったが、少しずつだが確実に疲れさせられている。
 そして結局、踊らされているのではという懸念が二人をさらに疲弊させる要因だった。
「かなり奥まで来ましたね……これで10部屋目でしょうか。奥へと進んではいるようですが、どこへ向かっているのでしょう……?」
 疲労を紛らわせるかのように、ファビアが呟いた。
「それは、わたくしが聞きたいですわ」
 アナスタシアは両手を広げて、お手上げを表現した。実際の所、二人ともこんな面倒な任務だとはまったく思っていなかったのである。せいぜい、少人数のローグスがやんちゃしているのをこらしめる程度だと考えていたのだ。
 意気消沈しながら目前のドアを開くと、円形の光の筒が立っていた。
「……古いタイプの転送装置ね」
「行くしかないでしょうね」
 ため息をつきながら、光の中へと踏み込む。
「ここは……?」
 降り立った場所が、今までとあまりに雰囲気が違うのに戸惑った。壁は素材そのままの金属壁で、明かりは小さなスポットライトがいくつか天井についているだけだ。通路の脇には小さなコンテナから2メートルを超える大きな物まで、いくつも積まれている。となれば、結論は出やすい。
「倉庫か機関室といった所でしょう。無関係の第三者が入る可能性を考慮していない作りですわ」
「それっぽいですね」
「そして、コンテナは明らかに最近のものとくれば、ゴールは近そうですわね」
「もう期待するのはやめましょう。むしろ、覚悟をしておいた方が気楽ですよ」
 ファビアが苦笑しながら言うのに答えて、アナスタシアも苦笑した。
「……?」
 何気なく、アナスタシアがコンテナの山に興味を示した。コンテナの一角に、非常に大きなものが混じっていたからだ。長さ2メートル以上はあり、上側はガラス張りになっており中が見える。それがいくつか並んでいた。何を運ぶのかは分からないが、きっとコンテナと同じような用途のものなのだろう。
「……にしても、狭いですね」
 歩き出してすぐ、ファビアが言った。確かに、ただでさえ幅1.5メートル程度と狭いのに、その脇にコンテナが並んでいる箇所が多く、狭いことこの上ない。
「面倒な事にならなければいいのですけど」
「ですね……」
 二人はあらゆる嫌な事を想像して、少し落ち込む。前後からの挟み撃ち、一斉掃射、トラップ、SUVウェポンが呼び出せない……など、不快な想像はとめどなく溢れてくる。
「しかしこんな大量のコンテナ、何をそんなに運ぶ必要があるんでしょうね」
 気を紛らわすためか、ふとファビアが呟いた。
「言われてみれば。ローグス風情が、そんなに運ぶ物もないでしょうに……」
 言いながら彼女は、目の前にあった箱を覗き込んでみた。
「……ひ……ッ!!」
 思わず一歩下がって、声にならない声を絞り出す。
 中から、剥き出しの眼球が睨んでいた。そこにあるのは動物の身体器官の標本のようだった。小動物の脳や大型獣の内蔵などのパーツが、透明の容器の中で溶液に漬かっている。
「う……っ。これはこれは」
「びっくりしましたわ……」
「何かの実験にでも使うんですかね」
 言ってファビアも顔をそむけた。あまり気分の良いものではない。
 それからしばらく歩くと、今度は開けた場所に出た。幅の広い通路の両側に、小さな正方形のくぼみのような小部屋が並んでいる。天井と床には壁があるべき位置にあわせて、直径3センチほどの円形の穴が一列に並んでいた。
「……何かしら、この臭い」
「ひどい臭いだ……ああ、なるほど。ここは牢屋ですね」
 ファビアが上と下を交互に見ながら言った。
「この穴、レーザーフェンスですよ。今はオフになっていますが」
 近くの部屋に入り、見渡してみる。床には汚れてぼろぼろなカーペット。部屋の隅には薄いシーツをひいただけの簡素なベッドがある。床の角には便器代わりの小さな穴があり、これが異臭の原因だった。
「……臭いがするという事は」
「最近まで使われていたということ?」
 アナスタシアが不快感をあらわにして続けた。放棄されて長いのなら、悪臭を放つわけがない。
「しかも、ベッドということは……」
  人の顔がこわばる。ベッドを使う生き物など、限られている。
「人間用ですわ。……本当にただのローグス? 20部屋以上もあるような牢屋なんて、ローグスに必要かしら?」
「まったくです。なんにせよ、ますます面倒な事になってきたという気がしますね」
 言ってファビアは、通路の奥を促した。人影だ。
「あっ、きましたよ! バーバラさまぁ!」
 嫌に陽気な声が聞こえた。しかもわざわざ、こちらに気づいた、とご丁寧に宣言してくれる。
「うむ。思ったより優秀だねぇ」
 今度は野太く、しゃがれた声。
 足音が近づいて来る。やがて、声の主は姿を表した。
 一人は身長160センチ程度の細身で小柄な若い男。ほどほどに伸びた柔らかそうな金髪に、黒い上着が映える。胸には”MADDY DOG"という文字が赤く書かれていた。
 もう一人はずんぐりとした姿のニューマン女性で、まるで神話に出てくるドワーフのように見えた。長い髪でかろうじて女性だと気づくような風貌で、白いモトゥブ製の衣服に身を包んでいた。
「隠し扉を開けてからここまで、1時間15分と38秒。なかなかいいタイムだね」
 ニューマン女が腕時計を見ながら口を開いた。
「そうですね、バーバラさまぁ! 彼らはとても優秀ですぅ!」
 青年がきゃっきゃと跳ねながら言う。
「ジャッキー、戦闘記録はどうなっている?」
「はい、撃破数24です。素晴らしいですが、最後の所で少し気づくのが遅かったですね!」
 彼らの意味不明のやりとりを、二人はぽかーんと見ていた。あまりに場違いすぎる。
「あなたたち……一体何を」
 ファビアが呟いた。質問したというより、ぼやいたと言う方が正しい。
「何って。試してたんだよ、あんたたちをね」
 バーバラが答える。
「しかし、まさかここまでとは思わなかった! 見ながら何度も手が震えたよ、その能力の高さに! ふはははは!」
 彼女は明らかに興奮した様子で高らかに語る。
「ふは……ふははは……はふぅふぅ、はぁぁああ」
 不意に笑い声のリズムが狂う。両手で鼻を左右から押し潰し、血走った目でゆっくりと呼吸する。興奮による過呼吸だろうか?
 ……なんだ、こいつらは。