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蘭兄さんと祖国の今昔

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Scene.2 【2010年6月30日、南アフリカにて】


 2010年、初夏。

 そのホテルを訪れたのは、たまたま人と会う用事があったからだ。
 オランダは立ち止まる。ずらりと客室が並んでいる、そのひとつのドアの前で服のポケットを探っているのは、日本そのひとだった。彼がこのホテルに滞在していたとは知らなかった。
「おう日本、お前もここに泊まっとったか」
「……オランダさん?」
 声をかけられて、ぴくりと肩をゆらした日本が振り返る。おどろいたように、丸い瞳を見開いたその顔が、どこかいとけない。
 日本はわざわざオランダに向き直って会釈をする。
「ご無沙汰していました。まさかこんな場所でお会いするなんて」
「こっちに来てからも、自分のことで手一杯やったからな」
 昔ほども密な交流がなくなってから、互いの家を訪れる機会も少なかった。国家同士での会合の場はあれど、こうしてふたりだけで話をするのは、本当に久方ぶりだった。
「お時間はだいじょうぶですか?よろしければ、私の部屋に寄っていかれませんか」
「ああ」
 招き入れられた日本の部屋は実に整然としていた。まだ客室に清掃係が入る時間帯ではなかったよなと、オランダが思わず自分の腕時計をあらためてしまったほど。よほどていねいにこの部屋を使ったのだろう。律儀な男だ。
 ソファに腰掛け、日本が茶を淹れてくれるというのをぼんやりと眺める。オランダが知る彼の生真面目さ、潔癖さは、今も健在のようだ。
 もう二百年ほども昔。世界でもトップクラスの清潔さを誇る街の中でも、日本が閉じこもっていた部屋はことさらに片づいていた。もっと澱んで、汚れが染みついていてもおかしくないのに、不快さを感じない空間だった。
 いつかのように、室内に異国のかおりが立ちのぼる。
「それは、日本茶か」
「ええ。私の家から持ってきました。即席ものですので、お客様にお出しするには少々失礼かもしれませんが」
「んな気ィ遣うな」
「恐れ入ります」
 日本は湯呑みから細いひもを引き上げる。ティーパックの日本茶だ。
 湯呑みを受け取って、一口飲んだ。上質なものと比べればお世辞にも美味いとは言えなかったが、日本手ずから淹れてくれた茶はどこか懐かしい味がして、オランダはもう一口、二口とそれを味わった。
 日本茶の芳香がただよう部屋で、他愛もない世間話をした。互いの近況を聞いて、昔の話を思い出して少しだけ笑った。
「一次リーグではオランダさんと同じグループでしたのに、こうしてゆっくりお会いする暇はありませんでしたね」
「そりゃあ、俺らは敵同士じゃ」
 決勝トーナメントの常連でありながら、この緊迫感には慣れることがない。オランダとて自分のことで頭がいっぱいで、ようやく日本を――彼のことを気にかける余裕ができたのも、自国の決勝戦進出が確定してからだった。
「その節は、どうも。オランダさんは全戦全勝、お見事でした」
「当然やろうが」
「さすがです。優勝候補と言われるだけありますね。……なかなか本懐は果たせていないようですが」
 ついでに、ちくり、とやられた。
「じゃかぁしいわ」
「すみません、でもオランダさんは本当にお強いですから、私が言うのもおかしなことでしたね」
 伏せ目がちにうつむいて、淡々と言う日本に、オランダは顔をしかめる。
「そういうお前は一次を二位で抜けたやないか。世辞も謙遜も過ぎればただの嫌みやぞ」
 ちゃぽん、と凪いだ湖面に波紋ができるように、澄み切った瞳がゆれた。顔を上げて、日本は口元をうっすらとゆがませた。
「でも、結局は負けてしまいましたから」
 決勝戦、初戦敗退。大会を勝ち抜くには力及ばなかった。
 だが、本当に今大会の日本が下馬評どおりの実力だったなら、オランダがたったの一点を奪取しただけで終わっていたはずがない。何より厄介だったのは彼らの組織プレーだ。その防御壁を完全に崩したという手応えは、見守っていたオランダにも感じられなかった。
「決勝はトーナメント形式ですから、負けたらそれで終わりなんですねぇ」
 結果がすべて。それで、終わり。
 何度も大舞台で自国の選手たちを見守ってきたオランダは痛いほど知っている。試合終了の合図とともに身体に降りかかる、重苦しい虚脱感を。無残な敗北に涙したことも多い。ここは試合のフィールドだ、大の男の涙を、誰も咎めも笑いもしない。
 だが目の前の日本はどうだ。取り澄ました顔から一切の表情を消している。いっそ不気味なほどに静まり返って、虚脱も悲しみすらも感じ取れない。
「のぉ、日本」
「はい」
 無機質な色合いの双眸を正面から見据える。
「お前はちゃんと喜んだんか?悔しがったんか?」
作品名:蘭兄さんと祖国の今昔 作家名:美緒