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彗クロ 1

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生き延びた罪





 降り落ちる砂のささやきが、耳朶をさらさらとかすめていく。
 無残に砕けた残骸から転げ落ちた小石が幾欠け、傍らに横たわる薄闇へと、崩落の余韻を永劫に連れ去っていく。
 レグルは折り重なった瓦礫の頂上で大の字に寝転がり、あたかも残骸の一塊であるかのように息を殺していた。碧玉の双眼は憎しみ疲れたようにぼんやりと、遥か頭上に焦点を結ぶ。今度の天井は、懐かしくもなんともない、よくも見知ったものだった。
 埃にけぶる宙のずっと先。いくつもの階層をぶち抜いて、脈絡なく彼方まで続く大穴。でっかい化け物の間抜けな大あくびみたいなあぎとに覗ける、鮮やかな青。
 かつて、ルークが命を懸けて取り戻した色だ。
「ちくしょう……」
 目尻から真横へと滑り落ちた水滴が、真新しい擦り傷にたまらなく沁みた。

***

「……なんの真似だ」
 剣先を突きつけられた喉を薄く動かし、ルークは低くうめきを絞り出した。気でも違えたか、と。
 家宝ではないほうのありふれた愛剣を水平に構えたガイのありふれた空色は、その慮外な行動には不釣り合いな静けさを湛えてルークの姿を映し出している。偽りの主従関係にあった古い時代から今現在に至るまで、この男とは実は反りがあったためしが一瞬たりとてないのだが、しかしこれほどの眼差しを向けられたことはかつてない。怒りや憎しみなどというわかりやすいものではなかった。あえて類するならば蔑みに近く、それに増して憐みの色も濃く、さらにそれらを突き抜けてどうしようもなく絶望にも似た諦めの紗が下ろされ、すべてを漠然と覆ってしまっていた。
 こんな目を、ルークは知っていた。正確には、かつてこの男によってもたらされたものではなく、またルーク自身が受け止めたものでもない。
 街一つ崩落したその日、これと同じ目をして悲劇の立役者を見つめた者たちは、糾弾をぶつけるべき罪人がただの一回りの年月さえ重ねていない生き物だということを知らなかった。知ったところで、正しい理解には至らなかった。無意識に遠ざけ見落としていた本質に焦点を絞ることができたのは、すべてが失われたあとだった。
 ……たちの悪い冗談だ。大罪を犯したレプリカに対してすらまっすぐに向けることをためらった眼差しで、この男は今、躊躇なくルークをこそ射抜いている。
 ルークは視線を逸らすことなく、謂れなき屈辱に真っ向から対抗した。なんだというのだ、この今更に。……そんなものは、一年前に寄越されるべきだったのだ。
「彼は至って冷静ですよ。でなければ今、貴方の頬が腫れあがっていない説明がつきません」
 背後からは眼鏡のつるを弄ぶ耳障りな金属音。背に抜き身の気配こそ感じないが、死霊使いに背後をとられた時点で勝敗は決していた。事実上の板挟みだ。ルークは一歩たりと動けない。
「レプリカ人権保護法に関する重大な過失の疑いが認められるため、現時点をもって、貴方の身柄をマルクト正規軍の名のもとに拘束します。法による正式な措置ですので、無用な抵抗はご遠慮願いますよ、ルーク・フォン・ファブレ卿」
「寝惚けてんのか死霊使い、この緊急時に――」
「ええ、緊急を要するが故の措置です」
 構えも半ばで返された刃はにべもない。ルークは喉元に細心の注意を払いながら首をめぐらせ、軍服眼鏡を睨みやった。涼しげな鉄面皮にはめ込まれた忌わしい血の色の一対が、ガラスの向こうに奇跡のように透けて見えた。そこに宿る感情は、剣を突きつける男のものと遜色なく、それ以上に蔑みが色濃かった。
 総じて、それらの名を、失望という。
「……冗談じゃねぇぞ」
 低く獰猛なうなりが喉を震わせる。今しも声を張り上げ一喝してしまいそうな己を、ルークは必死に自制した。政治的名目を持ち出してきた相手に対しては、それなりの態度と処方というものがある。
「法がなんだとほざいてる場合か。……奴が使ったのは明らかに超振動だ。訓練も受けていない十かそこらのガキに使いこなせる力じゃねえ。すぐにでも捕獲しなければ暴走するぞ……!」
「貴方に講釈頂くまでもありません。レグル・フレッツェンの身柄の確保につきましては、マルクトが責任を持って打てる手を全て打たせていただきます。以後この件に関するキムラスカの一切の介入行為に対しては、公式ルートを通じ断固として抗議させていただきますので、ご了承のほどを」
「――馬鹿が!」
 瞬発的に駆け上がった熱量をそのままそっくり脳天より発して、ルークは暗い赤毛を翻した。よく研がれた切っ先が首の皮一枚をかすめて裂いたが、鋭い痛みも視界の端に散った微量の赤もすべて無視して、冷め切った優男の真顔を睨み据える。
「第七音素を使えないテメェに何ができる! 超振動には超振動で対抗するしかねえんだろうが!」
「対抗、とは穏やかではありませんね。方法はいくつか考えられますよ。いずれ衝突することを必然として攻撃的に接することは、かえって事態を悪化させかねない。残念ながら、キムラスカの最終兵器の出番はありません」
「甘いんだよ!! この有様を見て同じことが言えるのか、ええ!」
 もはや制御ままならざる激情を、暴れるに任せて男に叩きつけ、ルークは背後にある惨状を指し示した。己が二身にも等しい子供が残した、破壊の痕跡を。
 ……あの瞬間、少年は壮麗たる第七音素の輝きを纏い、光の大柱を顕現させた。今や地上に限りある第七音素を一所にかき集めた代償は、城の東棟の半壊という形で支払われた。
 ルークの背後には、その爪痕がありありと残されている。天へと届かん光の円筒は、城の天井から最下層までを一気にぶち抜いて消えたのだ。天井に穿たれた大穴はのんきな昼下がりの空を描き出し、床に口を開ける深淵は底が知れない。被害が光柱のサイズ以上に広がらなかったのは、ひとえにルークがとっさに超振動の中和を試みた成果だった。
 これだけの惨事を引き起こした少年の姿は、どこにも見当たらない。
「一歩間違えてりゃてめぇらもここでくたばってたんだぞ!? このまま放っておけばアクゼリュスの二の舞――」
「ルーク・フォン・ファブレ」
 揺らがぬ赤眼がガラス越しにルークを射抜く。傲岸不遜で鳴らしたルークともあろうものが、一瞬まともに気を呑まれた。それほどの眼力だった。
 ジェイド・カーティスの眼差しは、すでに失望の色合いさえ喪っていた。怒りも、侮蔑も、憐憫も、そこには何も宿っていなかった。地を這う虫けらを見下ろす時さえもっとまともな目をするだろうというくらい、どこまでも平板でとりとめがなかった。
「大爆発、という事象に対する説明責任はかつて果たしたと自負していますが」
「――……」
「貴方の信頼は遥か深淵(クリフォト)に失墜したことを理解しなさい。今回の件については、公の査問は免れるでしょうが、公私双方からの抗議文の矢つぶてを覚悟しておくことです。ナタリア姫には、私から、事の仔細を報せておきましょう」
「貴様……っ」
「しばらくはバチカルで頭を冷やすことをお勧めしますよ。――再びレプリカの命を喰らってひとり生き長らえたいのなら、話は別ですが?」
 鯨の潮に角膜を洗い流されるように、視界は忽然と塗り替えられる。
作品名:彗クロ 1 作家名:朝脱走犯