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彗クロ 1

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レプリカルーク




 ルーク・フォン・ファブレは不遇だった。彼は、死ぬために生まれたのだ。
 そして彼のレプリカは、被験者の死を肩代わりさせるため、ただそれだけのために創り出された。
 結果、彼のレプリカに科せられた宿命は、厳格に執行された。
 それが三年前。
 レグルが生まれた、ちょうどその日。

 ……脳裏に灼きついた情報片の意味が、するすると紐解けていく。もはや残滓ほどの断片しか残っていないそれらは、過去、実在したレプリカ悲劇を、赤裸々に刻みつけた情報だった。
 〈聖なる焔の光〉。四千年の太古よりそう名づけられていた男とまったく同じ名を与えられた、ひとりのレプリカの、七年に及ぶ生涯の記録だったのだ。
「ルーク」
 発作的に口をついて出た呼びかけが、ばね仕掛けのように身体を突き動かした。苦痛の抜け落ちた五体は思うままに動き、レグルは軽々と、立ち尽くす人影の前へと躍り出た。
 人影は、レグルと目線が変わらなかった。夢鏡の中身と寸分違わぬ顔立ちの、本物の生身だった。短い赤毛はうらやましいほどむらのない均一な赤で、レグルの強烈な癖っ毛に比べると、襟足の飛び跳ね具合がそっくりなのを除いて、全体におとなしい印象だった。いまや隠されることなく露わにされた瞳は、レグルの緑そのままの色彩だった。
 生まれて初めて身を貫いた感動に、胸と言わず全身が震えるのを、レグルは感じた。心の欲するままに、こわごわと手を伸ばす。茫洋とレグルを見つめ返す少年は、動かない。
「ル……、ルーク、だよ……な?」
 即答はなく、じれったいほどの沈黙を置いて、少年の首がかすかに振れた。錯覚かと思うほどあまりにも微妙な変化だったが、その瞬間、紙一重というところで逡巡していたレグルの指に、確かに人肌のぬくもりが触れた。熱を失いかけた水滴の感触が、指先にひどく甘かった。
 みるみる、目がうるんでいくのがわかった。口元が弛むのを止められなかった。
 ――夢でしか逢えなかった、鏡の中にしかいないはずの友人だった。
 今は、こうして、目の前にいる。触れることができる。
「す――っっっげえ!!」
 レグルは興奮任せに、思いっきり少年の――ルークの首っ玉にかじりついた。ルークは少しびっくりしたように身体を強張らせたが、拒絶らしい反応は返ってこなかった。
「すっげえよルーク! からだ、取り戻せたんだな! 帰ってこれたんじゃん……! なあ! おまえ、いま、生きてんだぜ。息してんだぜ? これってすごくね?」
「……生き、て」
 ぼんやり、呟きが耳朶に沁みた。レグルは声を上げて笑いながら、背中をバシバシ叩いてやった。
「そうだよすっげえよ! 大爆発なんかメじゃねぇよ! 奇跡ってホントにあるんだな……!」
 ……ふ、と。
 耳元に失笑めいた吐息がかけられて、レグルはびっくりして身体を離し、ルークを見た。レグルに両肩を掴みとられたまま、同じ顔をした少年は、どこか痛いようなものを秘めながら、儚く、優しく、微笑んでいた。……粗暴で子供っぽくてひねくれまくった自分の顔が、こんなにも繊細な表情を作れたのかと、レグルは言葉を失った。
 不意に伸ばされた手が、レグルの頭部から何かを攫ってルークの頭部に持っていった。本来の持ち主の手を遠く離れた白いニット帽は、新たな主に迎え入れられると、太古からそこが本当の自分の居場所だったような顔をして、当たり前のように赤毛の玉座に収まった。レグルはなぜだか、いやなものが胸をかすめるのを感じた。
(それはメティのものなのに)
「レグル」
「えっ」
 名前を呼ばれて、それだけのことにびっくりする。一瞬にして色々なものが吹っ飛んでしまった。
 悲しげな笑みは消え、ルークはひどく真面目な顔をして言った。
「いますぐ、ここから離れよう」
「えっ?」
「俺が生きてるって知れたら、あいつらは何をするかわからない」
 この世の誰のものよりも心地よい声に諭されると、じわじわと現実が降りてきた。
 思い出せ、あの被験者がレグルに何をしようとしていたのか。
 レグルだって馬鹿ではない。これだけ情報が揃えば、嫌でもわかる。
 あのオリジナルたちが捜していたのは、初めからレグルではなかった。「被験者の与り知らぬ」「ひょっとしたら造られていたかもしれない」「不特定多数の」レプリカなどは、はなから眼中にないのだ。
 奴らが血眼になって捜し求めていたのは、今レグルの目の前にいる、このルークだ。かつて被験者の身代わりとして生まれ、実際にその役目を完璧に果たして消えた、本物の、本当の英雄。
(おれはバカだ!)
 痛烈な後悔と己への怒りが、全身を切り裂くようだった。
 レグルは自分の内側にルークがいるのを知っていた。理由も仕組みもわからないが、そういうものだと知っていた。そして、彼を生かし続けるためには、レグルの命に代えても守り抜かなければならない、それだけの覚悟が必要なのだとも、知っていた。……知っているだけだったのだと、今、思い知った。
 絶対最後まで護り通す、なんて景気のいいことを言っておいて、レグルは何ひとつ理解していなかった。ルークを何から護ればいいのか、レグルは誰と闘わなければならないのか。知ろうとさえしていなかった。そうして、みすみすこの取り返しのつかない事態を招き寄せたのだ。
 オリジナルたちが何を目論んでルークを捜していたのかはわからない。が、どうせろくな魂胆であるわけがない。例えば口封じとか。ひょっとしたらまた何かの身代わりに使おうというのかもしれない。あの、自己本位を絵に描いたような被験者なら、どんな非道を考えていたっておかしくない。
「……奴らが狙ってるのは、おまえなんだな?」
 まなこ厳しく問いただすと、ルークは、今度ははっきりと頷いた。
「バレるのは時間の問題だと思う。もしかしたら、もう……」
「ってことは、次に来るのはルークの確保……と、目撃者の口封じかよ、くそっ! ぐずぐずしてらんねぇ、おいメティ――」
 振り返ったその瞬間、ひどい違和感があった。たった今、誰に呼びかけたのだったか。たちの悪い突発性の健忘症に罹ったかのように、頭が真っ白になった。
 背後には、誰もいなかった。冷たい石と岩の壁に囲まれた室内には、レグルの他にはルークしかいなかった。
「メティはいない」
 レグルは眦を決し、断言した声を振り返った。ルークは涙の通り過ぎた跡も拭わぬまま、どことなくぼんやりと、焦点を濁らせたような顔つきでレグルを見つめ返してくる。
「どれくらい気を失ってたか、覚えてない?」
 ……覚えているも何も、時間が経過した感覚などまるでなかった。眠りの入口と出口なら身体がなんとなく記憶しているものだが、気絶の前後となると扉一枚の表裏だ。その上、直前までのあの尋常ならざる体調不良ときては、判断力だの記憶力だのの信用性と言ったら皆無に等しい。再三の失神で狂いまくった体内時計は、答えをくれない。
 いっかな目覚めぬレグルを持て余してメティ独りで逃げたというのなら、それが一番いい。置き去りにされるのは多少ムカつかないでもないが、命の無事には換えられない。歩幅を揃えて逃げるよりも、各々バラバラに逃亡したほうが効率も確率も高いのはわかりきっている。
作品名:彗クロ 1 作家名:朝脱走犯