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APHログまとめ(朝受け中心)

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ブルーウィッシュ (菊とアーサー)



 なあ知ってるかフランシィ、と鳥肌の立つ猫撫で声で腐れ縁の海賊紳士は口を切った。
 その皮肉たっぷりの愛称は、アーサーがフランシスを小馬鹿にする際に使うものだった。

「お前、自分が思ってるほど愛されてねーよ」

 お前に何が分かるんだ、と返したい気持ちをぐっと押さえ、フランシスはグラスを煽る。芳香に満ちた気泡は口内で弾ける。すっと香りが鼻孔を通り抜けていった。
 酔っ払いの戯言だ、受け流せ。培った経験則がそう告げる。
 フランシスが黙っているのを、自分にとって良い方に解釈したらしい。ご高説を述べるつもりなのか、ちらと流し目をフランシスに寄越した。
 アーサーはグラスを弄りながら、光を浴びる紅へと視線を向ける。波立つ液体はやはり、香りが良い。少し離れたところに座るフランシスの嗅覚もその刺激に反応した。

「確かにお前は髭で変態でへたれ野郎だけど、顔だけはいい」

 ああ、料理もまずくはないな。
 そう言ってグラスを煽ったアーサーに、とてつもなく腹が立った。そのまずくもない料理を心底美味そうに平らげるのは一体誰だ。フランシスの中で該当する人物は一人しかいない。勿論近くに座る特徴的な眉を持つこの男だ。
 グラスを持つフランシスの手に力が篭る。華奢なグラスの脚を折ってしまいそうだった。しかしこのグラスはフランシスの物で、かつお気に入りの一品であるから一時の苛立ちに任せてそんなことをする訳にはいかない。
 一方アーサーはフランシスの苛立ちもどこ吹く風。赤らんだ頬と潤んだ瞳で、呂律の回らない言葉を吐き出す。

「ただそれだけ、だろ」

 ふふん、と鼻で笑う様子が様になっているから腹が立つ。本当にこのアーサーという男は人の苛立ちを煽るのが上手い。時にそれは無意識であるが、この場合は意識的なものだろう。新緑に滲む色はこちらを小馬鹿にしている。

 そもそもフランシスが愚痴を零すために酒を飲み始めたというのに、どうして責め立てられているのだろう。話の流れや雰囲気からしたら、慰められることはあれど己の欠点を述べられるというのはどうもおかしい。
 今しがたアーサーはフランシスを「それだけの人間」と評した。だが己の価値は彼の評価以上にある、とフランシスは自負している。
 まず、彼がまずくはないと言った料理。世界各国見渡しても彼の国の料理は不評で、逆に己の国は美食の国として知られている。国そのものと言っても過言ではないフランシスとアーサーだから、それぞれの国の料理の評判が己の料理の腕前となる。そうなれば当然、アーサーの料理の腕はフランシスよりも悪い。悪い所の話ではない。フランシスは彼の料理を殺人兵器だと思っている。
 次に容姿だが、自惚れでも何でもなくフランシスは自分が美丈夫だと確信している。具体的な部位を挙げるとキリがないが、とりあえず世間の女性は自分が微笑めば頬を染める。林檎が木から落ちるのと同じくらい、自然なことだと言ってもいいだろう。
 タイプは違えど、隣に座る酔っ払いも美形の部類だろう。ただアーサーの場合、瞳が大きく全体的に程よく丸いので「可愛い」といった印象が強いが。

「……お前だって人のこと言えないだろ」

 自分が思っていたより随分低い声が出た。自覚していた以上にフランシスの機嫌は降下していたらしい。
 アーサーの言葉に対して反論する言葉の剣を半分集めたところで、フランシスは口を開いていた。反論の語を全て集めた訳ではないが、この半分だけで十二分に事足りる。

「スコーンを作れば岩石並に固くて、多少賞味期限切れていようが平気で使う。
『賞味期限はここまでなら美味しく食えるって保障に過ぎないから、これを多少過ぎても味が落ちるだけで普通に食える!』なんて持論振りかざせば、まずくても食材が悪いとか言い訳できるとでも思ってるの? 食材はちっとも悪くないよ、むしろ兵器の材料に使われる食材に同情するね。
ああ、あとお坊ちゃんあまり口汚いと顔が可哀相。おまえの数少ない美点であるその童顔はもっと大事にするべきだよ」

 淡々と、グラスを弄びながらフランシスは言った。グラスの中で揺れる紅の波は大きく、口調こそ穏やかなもののフランシスの内情は平生のものとは違う。縁ぎりぎりまで競り上がったワインはされど零れることなく、グラスの中へと還っていく。
 ──いつもならここで右ストレートだな。
 経験則でフランシスはひょいと頭を下げた。間を置かずにぶんと何かが空を切る。ちらと視線を上げるまでもない。フランシスの予想通りアーサーの拳がフランシスを殴り損ねたのだ。

「よしワイン野郎今すぐ表に出ろ。天国に逝かせてやるよ」
「うっわあ、口で返せないから拳で、って頭悪いやつの見本だよ? 三枚舌の大英帝国サマがそんな文明人未満の暴力沙汰起こすの?」

 大英帝国時代のような実にイイ笑顔でアーサーは拳を鳴らしている。国そのものとしてはともかく、一個人としてならフランシスとアーサーはほぼ互角だ。そうでなければ会議の度に青痣ができるまで殴り合えない。
 元々ささくれた気持ちだったが、アーサーとの遣り取りが決定打だった。フランシスは他人には滅多に見せることのない、相手を挑発するような笑みで立ち上がる。
 一方のアーサーもテーブルに置いていた革手袋を付け直した。口にはしないものの、「お前みたいな奴を素手で殴りたくない」という拒絶の意志がはっきりと読み取れる。やけに念入りに嵌めるものだからその嫌悪は相当のものだろう。厭味ったらしいことこの上ない。
 だがしかし、不愉快そうに眉を顰めたのはアーサーだった。彼はつけたばかりの手袋を外し、またテーブルの上に置いた。
 拍子抜けしたフランシスはぽかんと口を開き、淡青を丸くした。煽ったのは自分だが、彼とていつも以上にこちらの挑発に乗っていた。これで殴り合いの喧嘩になれば少しは気が紛れるだろうか。そんな思いでの挑発だったというのに。

「お前の憂さ晴らしの為にこっちまで馬鹿になる必要はないよな」

 うん、と自分に言い聞かせたアーサーに、フランシスは肩透かしを喰らった。

「え、ちょっと坊ちゃん。急にどうしちゃったの」

 海賊紳士とまで揶揄されるように、本来アーサーの気性は穏やかな方ではない。上っ面だけならば品性溢れた紳士として振る舞えるが、その中身は気が短く喧嘩っ早い性格をしている。
 先程までのようにフランシスがちょっかいを出せば、彼はすぐにこちらの挑発に乗るのだ。言葉で煽ったのに拳で返されることは割と頻繁にあったが、今回のような状況は初めてだ。フランシスが慌てるのも無理はない。

「女に振られた奴を殴るのに俺の拳は勿体ないってことだよ、ワイン野郎」

 ハッと嘲笑を浮かべたアーサーは、手にしたワインをフランシスにかけても可笑しくない様子だった。とことん相手を馬鹿にしている。
 ぐらりと波打った紅の水面はフランシスの顔面や服を濡らすことはなかった。アーサーの白い喉が紅を飲み込む。ぺろりと唇を舐めた舌がいやに紅い。

「どんな女にもへらへらへらへらついていきやがって。しかもなんだ? 今回はヴァンプかよ」
「ヴァン……? なんだそれ」

 話の流れからして褒め言葉ではないことは明らかだ。