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APHログまとめ(朝受け中心)

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ヤマアラシのジレンマ(フランシスとアーサー)




 抱き締めたくとも抱き締められないというのはどういう状況だろう、とフランシスは考える。
 別に自分は人の目があろうと、抱き締めるし接吻だってする。ついでに言えば、この美しい肉体を公衆の面前に晒すことに躊躇いはない。むしろこの美の権化をもっとよく見てもらいたいくらいだ。
 カチコチカチコチと時計は見掛けの古さに似合わず正確に時を刻んでいる。あの長針が半周もすれば、この家の家主が優雅なアフタヌーンティーを楽しむ時間になる。
 その家主は、といえばこれまた古い本に目を通していた。読んだことはないが、恐らく詩集だろう。フランシスもその作者の名前には覚えがあった。
 フランシスは一応客人だが、客であると立場を主張しようとは思わない。
 以前一度だけそう主張したら、目の前の詩を黙読する男は実に紳士的な笑顔でこう言ったのだ。

「お前は客人じゃなくて俺の恋人だろ? 恋人は対等であるべきだ。だから、対等である奴におもてなしする必要なんてねーよ。そうだろ、フランシィ」

 言っていることは実に魅力的である。普段から照れ屋で滅多なことでは相手を褒めないこの男が、フランシスを恋人だと認めたのだから。
 しかし言葉の裏には隠し切れていない刺ばかりだ。紳士的な笑顔を少し前の海賊紳士の名に恥じない時代のものに置き換えればどうだろうか。

「なんでテメーを俺が持て成さなきゃなんねーんだよ、一人で勝手にやってろワイン野郎。むしろお前が俺を持て成せ」

 これである。
 フランシスはその笑顔と声音を容易に再生できた。ぶるりと背筋に悪寒が走る。
 ありありと想像できるのが悲しいのは何故だろう。少し自分が可哀相になってくる。
 フランシス自身の気位の高さも相当だが、アーサーの場合はそれ以上なのではないかと思う。世界のトップに踊り出た過去も、それより以前の孤独が苗床となり今のアーサーが形成されたのだろう。
 フランシスも厳しい時代を生き抜いてきたが、アーサーよりも孤独であった期間は短い。
 フランシスの本体とも言える国は大陸にあった。周囲には同族がいたし、その分争いもあった。だが争った分、同盟や協定を結んで発展し繋がっていった。争う相手はたくさんいた。そういう意味でも、孤独ではあったが真の孤独とは少し離れた位置だったのかもしれない。
 しかしアーサーは地理的にも同族と触れ合う機会はなかった。その同族である兄達もアーサーを殺そうと必死だった。
 フランシスはその歴史に思うことはない。国一個人に同情していたのでは、いくら大きなフランシスの心でも賄い切れない。
 孤独であることはつまり、自分自身を鼓舞しなければならない。胸を張れ、とひたすら自分に言い聞かせ、前を見据える。そうするには孤独を反転させる才能が必要だった。
 そしてアーサーはその才能に恵まれていた。孤独を反転させ、自身を傷付ける寂しさの刺を周りの人間へと刺し返せるその才能。
 だからフランシスは、余計にアーサーにだけは同情しない。寂しさの刺に傷付けられ泣くようならば、フランシスとて手を差し延べただろう。
 フランシスが手を差し延べることもなく、アーサーは刺を反転させた。差し延べようものなら、アーサーは反転させた刺でフランシスを突き刺してきた。
 鋭い刺も元は孤独だ。孤独を向けられる度、哀れむべきではないと分かっていても同情せずにはいられなかった。ここまで鋭い刺を持たざるを得なかった孤独を、フランシスは理解したくないと思った。
 孤独の刺の鋭さと気位の高さは比例すると思う。フランシスの場合は孤独ではなかったが、幸せそうに街角を歩く人間よりは確実に刺が多い。美しい薔薇には何とやら、だ。

 ここで初めの疑問に回帰する。
 抱き締めたくても抱き締められない状況というのは、一体どんな状況だろう。
 今まさにその状況であることは分かる。アーサーとフランシス以外に人はおらず――もっともこの家はアーサーの家であるから、妖精を代表するような奇妙不可思議な存在がいるかもしれないが――人目を憚って接触を避ける必要はない。
 人目があろうとなかろうと、フランシスは愛を表現するのにそれほど時と場を選ばない。しかし一般的に考えても、家の中に二人きりというのは絶好の状況ではないだろうか。
 それにも関わらず、フランシスは接触を躊躇う。アーサーは人目があろうとなかろうと接触を極端に嫌うから、彼が動くことを期待するのは無意味だ。

「なあ、アーサー」
「なんだ」

 ぱらりと乾いた紙が一枚、右から左へ。
 ほんの1ミリにも満たないものが移動したにも関わらず、場の空気が少し身じろいたような気がした。
 さあ、言えフランシス。今のアーサーは無防備だぞ。
 長年恋に愛にと生きてきた自分が囁く。
 よく見ろ、今のあいつは刺丸出しじゃないか。
 長年彼と戦ってきた自分が嘆息混じりに呟く。

「……裏の木苺、スコーンに使いたいんだけど」
「ああ、すごくいい色してたよな。いいぜ、好きなだけ使って」
「ジャムにしてもいいかなーって思ったけど、スコーンに混ぜちゃうのもアリかと思って。じゃあ俺採ってくる」
「あいつらの分は残しとけよ」

 アーサーの言う「あいつら」とは件の妖精たちのことだろう。フランシスは見たことがないが、確かに時折傍らに何か暖かなものがいるような気配がある。
 裏庭に抜けながら、フランシスは溜息を吐かずにはいられなかった。
 ヘタレにも程がある。これでは弟分のことを笑えないではないか。
 昼下がりの太陽を真上から受け、木苺は綺麗な赤に熟れていた。
 抱き締めたくても抱き締められない状況とは、一体どんなものだろう。
 慎重に実った木苺を収穫しながら思う。
 答えは意外と簡単なのだ。フランシスにもその答えは分かっている。ただ分かっているからと言って、その状況を覆せるかと言われれば疑問が残る。
 分かったところでお互いの刺は抜け切らないだろう。こんな木苺のように簡単に取れてしまっては、刺の意味がない。あの刺は、国として生きるためには必要なものなのだ。

「抱き締めたいなー……」

 あーもう、と天を仰ぎ呟いた声は、やけに虚しく庭に響いた。


 ボウル一杯に収穫した木苺を見て、フランシスはこんなに大量に使えるだろうかと首を捻った。
 うじうじと悩んでいる間にも、木苺を採る手は止まることなく機械的に動き続けた。その結果がこのボウル一杯の木苺だ。
 やっぱり半分くらいはジャムに回そうかな。でもそうなるとジャムの量も中途半端だしなぁ。だからって全部スコーンに使ったら、スコーン生地に木苺が混ぜてあるんじゃなくて木苺にスコーン生地が混ざってる、なんてことになるし。
 うんうんと唸っていると、くすんだ金髪がひょっこりと頭を出した。
 アーサーは唸るフランシスを怪訝そうに見ていたが、テーブルに置かれたボウル一杯の木苺を見てすぐに合点したようだ。

「お前、俺がさっき言ったこと覚えてるよな?」
「ちょっとぼーっとしてたんだよ。心配しなくても妖精さんとやらの分は残してる」