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エヴァログまとめ(353オンリー)

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見慣れぬ青、溶ける(鋼鉄・5と3)



※コミックス版鋼鉄2ndネタ


 ミーン、ミーン……と鳴いては一休みする蝉の声に空気が削り取られていくような気がする。
 コンクリートとガラスの向こう側には夏が広がっている。
 数メートルの物理的な壁の内側と外側では気温の差が激しい。
 今はさらりとした肌も、一歩外に踏み出せば汗をかき出すのだろう。

「カヲル君、見つかった?」

 ひょっこりと黒い頭を出したのは愛しい少年だった。
 少年の問いにカヲルは首を横に振った。
「そっか」と残念そうな顔をしたのは少年の方だった。
 逆にカヲルは柔らかな笑みを浮かべている。

「シンジ君がそんな顔をする必要はないよ」
「でも読みたかったんでしょ?」
「うん、でも学校の図書館で見つかるとは思ってなかったし……」

 指を掛けていた本から手を離すと、カヲルは少し目を伏せた。
 髪と同じく白い睫毛が透き通ってさえ見える肌に薄く影を落とす。

「それなのに、ごめんねシンジ君。ないと思っているものを『一緒に探してくれ』だなんて」
「そんな、別にいいよ。僕だっていつもカヲル君に付き合ってもらっているし……」

 最後の方になるとシンジの声は篭ってしまってはっきりとした音にはならなかった。
 シンジももごもごと口を動かしながら俯いてしまう。

「僕はシンジ君に付き合わされてるんじゃなくて、自分の意志でシンジ君と一緒にいるんだよ」
「僕だってそうだよ!」

 ばっと顔を上げたシンジの顔があまりにも必死で、カヲルは小さく吹き出してしまう。

「笑うなんてひどいよ」
「ごめん、そんなつもりはなかったんだけど……」

 威嚇する猫みたいだ。または玩具を取り上げられてからかわれている猫か。
 シンジの普段の様子からは猫という動物は連想しにくい。
 それにも関わらず、カヲルは今のシンジを的確に表すものを猫以外に思い付かない。
 黒猫、という具合ではない。漠然とした感覚での猫だ。
 あまり笑っていると本当に彼が怒り出してしまいそうだ。
 せっかく彼と過ごす時間を刺々しいもので終わらせたくない。

「ならおあいこだね」
「初めからそう言ってるじゃないか」

 もう、と言葉だけは怒りを込めているが、シンジの表情は緩んでいる。
 やはり相手を威嚇する猫より、碇シンジはこの笑顔であるべきだと思う。
 人間誰しも負の表情を全面に出すよりは正の表情をしていた方がいい。
 カヲルは特にシンジに関してはそう思っていた。
 笑っていて欲しい、と思う。幸あれ、とも。
 そう思っているとカヲルの顔にも自然と笑みが浮かんでいた。いつも浮かべている笑顔よりも、浮かべていて自分でも心地良いと感じる表情だ。
 白いカッターシャツを背景に見慣れぬものがある。シンジが胸に抱えている一冊の本だ。
 もしかして、とカヲルが口を開く。

「それ、シンジ君が探していた本かい?」

 カヲルがシンジの胸元の本を指差すとシンジは喜色満面の笑みを浮かべた。

「うん、前借りていた人がやっと返却してくれたみたいで」

 シンジは声まで弾んでいる。
 余程嬉しかったのだろう。
「良かったね」と返すカヲルまで嬉しくなってしまうような笑顔だった。

「……カヲル君は笑わないんだね」
「何がだい?」
「この年にもなって絵本なんて変だ、って」
「別におかしなことは一つもないと思うけど」

 シンジの抱える本がやけに目立つのは文庫に比べて大きいからだ。
 しかしカヲルの目についたのは大きさからではない。
 本の表紙は美しい深青だった。
 白いカッターシャツとのコントラストは、反転した空のように思える。
 カヲルはその青さばかりに目がいってしまって、大きさはあまり気にしていなかった。
 もしかしたらシンジが「絵本」だと言わなければ、その青が絵本であるとも思わなかったかもしれない。
 青はどこまでも青だ。カヲルの頭の中には他の概念がぽんと浮かばない。

「綺麗な青だね」

 だからカヲルは思ったことをそのまま口にした。

「ぞっとするくらいに」

 二言目は無意識だった。
 しまった、とカヲルは顔に出すことなく思った。
 ぞっとする、というのは否定的な意味合いの方が強い。
 感性が震え上がるという意味ならば誤用ではない。
 だがカヲルの感性の震えは美しいものを見た感動から来るものではなかった。畏怖に近い。
 カヲルの内心の動揺はシンジには伝わっていないようだった。
 彼は自分の好きなものを肯定された喜びから嬉しそうにしている。

「この人の青って独特なんだ。明るくもないし、暗くもない。僕も初めて見たとき鳥肌が立ったんだ」

 カヲルの発言は感性の震えとしてシンジに伝わったらしい。
 そのことにカヲルは安堵した。同時に少し残念な気分にもなる。
 何故? 自己の抱える畏怖の理を彼に打ち明けられなかったのが残念なのだ。
 こんなことを打ち明けられたところで、彼とて反応に困るだろうに。
 内心の吐露でシンジの顔が曇るならば、それはカヲルの望むところではない。

「見てもいい?」
「もちろん」

 はい、と差し出された青を受け取る。
 絵本自体あまり見慣れたものではない。表紙がここまで青いとは、一体どんな本なのか。全く予想がつかない。
 厚い表紙、光沢ある中表紙を捲くり、本文へ。
 青の中には赤、黄、橙、銀、黒、淡青――多彩な色が踊っていた。

「これは……魚?」
「この黒い小魚が主人公なんだ。シリーズものの第一作目なんだよ」
「へえ」

 カヲルはシンジの解説を聞きながら青の中に飛び込んだ。
 魚の話というのだから、この青は海だろう。
 海と言われれば納得するが、のっぺりとした深青は透明さに欠ける。
 色から受ける印象はどこまでも透き通っているというのに、均一に塗られた深青は果てがない。面とも違うが奥行きが感じられないのだ。

「不思議な感じがするね……」

 ぽつりとカヲルが呟けばシンジが小さく笑った。
 それ程おかしなことを言った自覚はない。カヲルは訳が分からず、ただ首を傾げるしかない。

「僕、何かおかしなこと言ったかな」
「ううん、僕が勝手に笑ってるだけ」

 それはそれで酷い理由ではないだろうか。
 カヲルは口にしないまでも僅かに表情に出ていたらしい。
 カヲルの不満げな雰囲気に気付いたのかシンジが「ごめん」と謝罪した。
 それでも口元には笑みが浮かんでいる。

「不思議なカヲル君に不思議って言われるなんて」
「シンジ君、どういうこと?」
「カヲル君自身が浮世離れしているのに、絵本が不思議って何だかおかしいなと思って」

 ごめんね、とシンジはもう一度謝罪した。おそらくそれほど意味のない謝罪だろう。
 カヲルはこういった場面でどう反応していいのか分からない。
 不思議や浮世離れだなんて評価を他人に下す人間は滅多にいないだろうが、カヲル自身の生い立ちが浮世離れしているのでそんな評価をされても当然のことだと思う。だからシンジの発言に腹を立てることもない。
 静かにクーラーが動く音だけがする。二人の会話はそこで切れた。

「実はシンジ君がこの絵本を持ってきた時、僕は絵本だと気付かなかったんだ」

 苦笑を滲ませカヲルは言う。