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鉄のラインバレルログまとめ(森次受中心)

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週末(早瀬と森次)



 週末を待ち遠しいと思うなんて、今までなかったことだ。待ち遠しい、というには少々ニュアンスが違うかもしれない。
 森次は度の入っていない眼鏡を外し、机の上に置いた。
 ファクターとなった際にすっかり回復した視力に、本来なら眼鏡など不要だが、森次はどうにも手放せないでいた。
 眼鏡で矯正した視界に映るものから解放されてしまうと、ふわふわと軽いものを見ているような気分になる。それは視力が正常な視界を認識した、という証拠だ。眼鏡を掛けることにより感じる重さは目の疲労であって、決していいものではない。自分の世界を安定させるためのものではないと分かってはいたが、気付くとまた眼鏡を掛け直してしまっているのだ。
 眼鏡を掛け直し、広げたままの書類と向かい合う。
 コンコン、とやけに大きなノックが部屋に響いた。

「あ、まだ仕事中だったんですか」
「入室の許可は出していないが」

 先程まで頭を占めていた思考など素知らぬ振りをして、森次は言った。入室して来た早瀬は、ドア前で気まずそうに立ち尽くしている。
 週末、金曜日。
 森次はゆっくりその二語を反芻した。口元に笑みを浮かべそうになり、誤魔化すように口を開いた。

「いつまでそこに立っているつもりだ。入るなら入る、出ていくなら出ていく、どちらかにしろ」

 早瀬から視線を外し、再び視界は書類で埋め尽くされる。森次は視界の端にも映さなかったが、早瀬は明らか様に顔を歪めた。ムッとした顔のまま、二歩三歩と早瀬は歩を運んだ。
 石神の社長室に比べれば狭いが、それでも森次に宛がわれた部屋は広い。他のファクターが与えられている自室とも違う。恐らく、ここが室長である森次の仕事場なのだろう。早瀬の存在など無視するかのように、仕事を再開した森次の元へ早瀬は大股で近付いていく。部屋の広さも、森次が向かい合っている書類も、早瀬にはないものだ。
 おとなとこども。早瀬は、その違いを目の前に突き付けられているような気分になった。

「あとどれくらいで終わるんですか?」

 早瀬の声は僅かに荒々しい。どうやら森次の態度が気に食わなかったようだ。

「30分か1時間程度だろうな」

 早瀬の問いに答えつつ、森次の視線は書類を追っている。字を追うその目に、早瀬はやはり映り込まない。
 早瀬は歩みを止める事なく、そのままずんずんと森次の机に近付いていく。ドン、と大きな音を立てて早瀬が机に手をついた。
 あまりの音の大きさに、森次は机の天板が壊れやしないかと場違いな心配をした。ファクターが少し力を出せば、こんな机などいとも簡単に壊れるだろう。まだ壊れていない机を見ると、どうやら早瀬はそれなりに力を押さえたようだった。
 机の天板に目を遣り、突っぱねたままの早瀬の腕、最後に早瀬自身の目へ。少年特有の大きな瞳は、怒りの色に染まっていた。

「森次さん」
「なんだ」
「俺、確かに約束しましたよね?」

 なにを、と森次は問わなかった。さすがにそこまで問うてしまっては、早瀬の機嫌が取り返しのつかないことになるのは目に見えていた。この少年をからかうのは楽しいとは思うが、やり過ぎるのもよくないだろう。そう思い、森次は素直に口を開いた。

「今日の16時、本社ロビーで待ち合わせ。覚えているさ」
「じゃあ!」

 バン!と早瀬は平手を机に叩き付けた。衝撃で、一枚だけ書類が床に落ちる。

「なんで終わってないんですか、仕事っ! 俺、道明寺にバイク飛ばして貰って来たんですよ!」

 てっきり早瀬のことだから、ラインバレルでも呼び出して来るのでは、と思っていたが、それは森次の杞憂だったらしい。早瀬と同学年の道明寺がバイクを運転する、という点には目を暝るとしても、ここまで急いで来たということが何より嬉しかった。
 自分だけではないのだ、この週末を楽しみにしていたのは。
 公に出来ない仕事とはいえ、森次は社会人だ。おとなが一人のこどもと過ごす時間に対し、ここまで期待して待ち遠しいと思うのは、森次のプライドが許せそうにもなかった。
 だから仕事をわざと長引かせ、相手が遅れてきても、約束を破ったとしても、「こちらは忙しかったから好都合だった」と言い訳できるようにしていたのだ。逃げ道を初めから用意しておくなど、それこそ自分のプライドがよく許したものだと思う。
 我ながら狡くなったものだな、と森次は内心自嘲した。
 犬のように威嚇する早瀬に、森次は一言「悪かった」とだけ言った。自分の行動の理由を正直に話そうとは、とても思えなかった。

「なら、行くか」

 あっさり書類を片付け始めた森次に、早瀬はきょとんとした顔になった。大きな目が、森次の動きを追う。

「行く、って」
「今日の16時、本社ロビーで待ち合わせ。その後映画館、だろう?」
「そうですけど、森次さん……仕事は?」
「期日は三日後だからな。本当は明日持ち帰ってやるはずの書類だ」

 散らばった机上の書類をまとめ、床に落ちた書類も拾い上げた。ファイルに入れようとしたところで、早瀬の声が遮った。

「じゃあ1時間なら、待ちます」

 今度は森次が早瀬の発言の意図を掴めなかった。早瀬は机から少し離れたところにあるソファに、腰を下ろした。そしてきちんと締められていたネクタイを緩め、こう言った。

「1時間待つんで、その仕事終わらせてください。その代わり」

 身を乗り出して、早瀬は殊更はっきりと続けた。

「明日はまるまる、俺にください」

 明日の仕事、今日やってしまえば明日暇なんですよね?
 さも名案、といったように早瀬は言った。ころころと変わる少年の顔は、年相応で目まぐるしい変化を見せる。昔から表情の変化に乏しいと言われ続けてきた森次にとって、少しばかり羨ましいものだった。
 それでも僅かばかり訝しげな顔で、森次は早瀬に聞き返した。

「一日、か?」
「ええ、一日まるまる」
「どうするつもりだ」

 一日の使い方など、森次には思い付かない。常に休日を実のあるものとは言えない過ごし方で消費している身としては、早瀬が何をするつもりなのか見当がつかなかった。

「あー……っと、森次さんの家に遊びに行く、とか?」
「自宅にはここ二月ほど帰っていないぞ」
「え!?」
「JUDA内の自室がほぼ自宅だ。一応マンションも買ったが……あそこはほぼ荷物置場だな」
「じゃあ、森次さんの自宅って、ここ?」
「そうなるな」

 ぽかんと目も口も開いて、早瀬は呆然とした。森次としては特におかしなことを言ったつもりはないので、早瀬の反応の方が理解出来ない。
 ファイルに仕舞いかけた書類を、きちんと仕舞うべきか。それとも終わらせてしまって、明日一日、早瀬の提案に乗るか。森次が思案していると、早瀬は止まった思考が動き出したらしく、ソファから勢いよく立ち上がった。

「なら、明日は森次さんの部屋でだらだら過ごしましょうよ。なんか映画とかドラマ借りてきて観てもいいですし。あ、ご飯は俺が作りますから!」