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無音世界

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Lost 06. 煌音





 目を覚ますと、見慣れない天上があった。躯が沈み込む感覚等から自分がベッドの上に寝かされていることに臨也は気付く。だが、臨也には今自分のいる場所がどこであるのか分からなかった。決して全く見たことの無い天井では無い。しかし、すぐにぱっと思い出すことができないでいた。
――……とりあえず、なんでここに?
 臨也の途切れた記憶の最後は池袋の街で崩れる躯を静雄に支えられたところであった。
 屋外にいた人間が意識もないままに屋内へ行くことはないだろう。ならば、ここは静雄が連れてきた他の場所ということだろうか。いや、それ以外に考えられない。
 珍しいこともあるものだ、と咄嗟に臨也は思う。犬猿の仲の者を捨て置くことなく、寧ろ助けてやるなんて。その行為を有難くも思えば、疎ましくも思いつつ、臨也は小さく溜息を吐いた。
 臨也はまだぼんやりとしたままの頭の状態で首だけを動かして、部屋の中を確認する。するとぽとりと額の上に乗っていたらしい水で濡らして固く絞ったタオルが落ちた。もぞもぞと手を出して取る。それは臨也の躯から発せられる熱によってぬるくなっていた。臨也はそれを暫しじっと見つめる。
 もしや自分は熱を出していたにも関わらずそれに気付かないでいたということだろうか。そう言われてみれば確かに発熱の症状によく似た躯の不調があった。ああもう、自己管理もできないなんて、なんという失態だろう。臨也は唇をかみ、タオルを握りしめる。
 視界の淵に、途切れた記憶直後にも視界に収めていた金色が入り込んできた。視線を手の内に収めたタオルからすっとずらすと、それは静雄の金色に染められた髪だと分かる。
 臨也は熱で体力を消耗してしまって随分と重い躯で寝がえりを打って其方を向いた。躯も重ければ、頭の鈍痛もまだ残っていたが、どうしようもない。
 臨也の枕元に伏せて眠っている静雄は、見るからに寝るには邪魔だろうに何故かサングラスが掛けたままであった。起きているつもりが睡魔に負けたと言うことだろうか。
 その表情は臨也にいつも見せるものと比べれば格段に穏やかだった。寝顔だけを見るならば、彼がまさか自動販売機や標識を振り投げる人間には見えないだろう。大人しく静かな整った顔の長身の青年、といったところであろうか。
 臨也は手を恐る恐る伸ばすとそのサングラスをそっと外そうとした。その際にフレームが肌に触れたせいか、静雄の眉間に皺が寄った。
 臨也はサングラスと腕を宙に浮かしたままという動作の途中の形で固まる。起こしてしまったかと思いきや、静雄はまた穏やかな表情で眠る様になった。臨也はほうと息をつくと、途中で止めていた動きを最後まで行い完了させた。

 ついなんとなしに取り上げてしまった静雄のサングラス。それを通して見た世界は臨也の見る世界と色合いが異なっていた。当たり前の事である。しかし、その違いは恐らく二人のいがみ合う原因と大差ないような気がした。
 別個の存在である限り、彼らは同じものを見ても思うことは別だ。一つの生物にはなれないし、そもそも彼らはなろうともしていない。そんなこと、反吐が出るというものであって、お互い願い下げだと言いきるであろう。
 だから、どれだけ言葉を重ねても分かり合うことは不可能だ。理解し合おうとしていないのだからできるはずもない。どれだけの共有物を積み上げても意味が無い。寧ろ一層違いは酷くなるばかりに違いない。一つの物事に対する細微な違いも積み重なれば大きくなってしまう。塵も積もればなんとやらというわけである。
 それを諦めて、ただそれぞれが持った不の感情を前面に押し出したのが二人の関係のような気がした。それについて不満はありもすれば、ないような気もする。今更認識をころりと変えることなどできない。
 臨也は暫く静雄のサングラスを通してこの部屋の中を見ていた。だがやがて静雄のサングラスを翳すこと止めると、それをベッド横に置いてあるサイドテーブルの上に置こうとする。そこには恐らく水が入っているのだろう洗面器がすでにあった。その横にサングラスを置こうとするには場所が無いようで、臨也は起き上がる必要にかられた。
 まだ熱が残っているのかどうか分からないが、上げた頭は鈍痛と共に重かった。臨也は落とさないように洗面器をやや奥へと押して場所を作る。そしてできた空間にサングラスを置いた。ついでに手にしていた濡れタオルも洗面器の縁に掛ける。

 隣で寝ている静雄は目を覚まさない。彼が起きれば此処が何処だかわかるだろう。しかし、自分が起こすことで安眠妨害を行ったが為に機嫌を損ねて拳を振るわれては堪らなかった。この状態ではとてもじゃないが避けられないし、易々とベッド上に縫い付けられてしまうだろう。それは困るし、これ以上の失態など臨也の矜持が許さない。
 一先ず静雄が起きるまで臨也は状況把握は動くのが億劫な以上諦めて、これからどうするか考えようと思った。

 相変わらずどうやらこの両耳の聴力は戻ってきていないらしい。自分が動く衣擦れの音は聞こえなかった。いや、気にしていなかったから聞こえなかっただけだろうか?それとも素人判断がいけないのか。
 この部屋はしんと静まり返っているから記憶が途切れる前の、両耳とも聴覚が機能せずに音の聞こえない状態かどうかを把握し難かった。誰かが喋ってくれればその声で判断できるのに。
 その確認行為自分の声では無い方がいいだろう、と臨也は思う。自分の声で確認しようとすることは、それは予め自分が声を出すということを分かって行うということだ。要するにそれは先に心づもりがある。口を動かした瞬間に、今聞こえるに違いないと言う考えができてしまう。
 それでは思いこみになってしまうかもしれない。聞こえた、という思いこみに。それよりも心の準備も無く突然聞いて、聞こえたと判断した方がいいような気がした。だから今身近にいる静雄が目を覚ましてくれるのが一番いい。
 自ら願って起きればいいのに、と思うのは何やら彼との関係の中で願うべき事柄では無くて、違和感を覚えた。臨也は両膝を立てて、その膝の上に腕を組んで上半身を降り、顔を静雄の方へ向けてのせる。

 先ほどは人の声の方が良い、と思ったが、実際の所それはただ問題を先送りにしているだけだと分かっていた。
 自分で確認するのが怖かった。聞こえなかったらこれから先どうすればいいというのか。偶々であって欲しかった。ただの熱による症状であってほしかった。
 誰かの声を聞きたかった。最後の声が静雄の焦った声等嫌なのである。どうせならば棘の無い声が良かった。記憶に残すのであればもっと別の、大切な声がよかった。最後があのような声なら忘れてしまいたい。
 けれども、そんなことを思ってもいざ忘れようとすれば、臆病になってそれを捨てることができないのだろう。未練がましくしがみ付いて、覚えていようとしてしまいそうだった。

 情報屋ということをやっているから、自分に対する恨みは山のようにあるだろう。何かしらの意趣返し、報復の危害を加えられることに対する覚悟は常にあった。尤もそれさえも回避するために情報を操っていたりもしていたのだけれども。
作品名:無音世界 作家名:佐和棗