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彗クロ 2

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2-9



「……それ、あと何発くらい使えそうですか」
 ルークがレグルの隣に立って、出し抜けに問いを投げた。
 それ、とはもちろん音素銃のことだ。指差された先を見下ろして、アゲイトはうーんとぼやいた。
「怪我の度合いにもよるけど……だましだまし使ってもせいぜい二発か三発ってところかなあ」
「俺の髪で代用できませんか?」
 静かに解き放たれた提案に、レグルはめいっぱいに瞠目して隣を見た。アゲイトを見上げるルークの横顔は揺るがない。
 アゲイトもまた少し意外そうな顔をしつつ、かぶりを振った。
「さっきも言ったけど、体毛から採集できる第七音素なんて微々たるものなんだ。君一人の頭髪量じゃ、丸刈りにしたってやっと小さなすり傷ひとつ治癒できるくらいにしかならないと思う」
「なら、他に……そうだ、血なら」
「え?」
「血液ならどうですか?」
 幼い口からさらりと放たれた語句に、レグルとアゲイトは揃って絶句した。
 ルークはなんということもなく淡々と、いっそ飄然としてさえいた。
「レプリカだって血を流すし、すぐに乖離したりはしないはずです。血痕は、しばらくしたら消えるけど……少なくとも血液検査ができるんだから保管する方法はある……んですよね?」
「ぇえ? うん、それはまあ……」
 生々しい話題に、さしもののんき者も困惑を隠せずに言葉尻を濁している。レグルもまた収まりのつかない心地悪さにいたたまらず、ルークの袖を引いた。
「いくらなんでも、血は……」
「オリジナルだって献血くらいする……よ。手術に使うか治癒術に使うかの違い……だろ?」
「たっ確かにそうだけど……いやそういう問題じゃなくて!」
「血中の第七音素は純度が高いし、注射器二、三本程度なら貧血にもならないから大丈夫」
「ってか、コイツのためにお前がそこまでしてやることないじゃんっ!?」
「でも、俺たちを助けるために使ってくれたんだから、借りは返さないと」
 ……まったくレグルの口を黙らせるためだけにあるような事実であった。さらに正確を期するなら、セントビナーの一件から都合三度、彼に世話になったのは「俺たち」ではなく実は「レグルだけ」であったりする。
 フォローも慰めもないままレグルを置いてけぼりにして、ルークの目線はアゲイトに戻される。
「……ただ、血を提供する前に、ひとつだけお願いがあるんです」
「うーん、聞くのが怖いなぁ」
 再び水を向けられたアゲイトは苦笑混じりにぼやいた。話のイニシアチブは完全にルークに握られている。
 躊躇いなく、鬼気迫っているのでもなく、ただ淡々と、ひたすら「普通」な態度が、かえって漠然としたこわさを感じさせるのだ。
「難しいことじゃ、ないんです。……血液なら、不足分を補えますよね?」
「うん。十分すぎるくらいだね」
「なら、俺がこの先、いつでも必要なときに血液を提供します。それを報酬として、俺たちに雇われてくれませんか」
「え――」
「ハァ!? ちょ、まてまてまて!!」
 先のレグルの啖呵を無効に貶めんばかりの最大級の問題発言だ。レグルはとっさに、ルークの背後から片腕で首っ玉をホールドした。二の句も継げないでいるアゲイトを捨て置いて、自分の身体ごとルークに回れ右をさせる。
「――なんで! あんな! 変なヤツに!?」
 背中を丸めてこそこそと詰問する。内緒話らしく一応声を潜めてはいるつもりだが、焦りと興奮にどうしても語調が荒くなってしまう。もっとも、背後の男に丸聞こえだろうがなんだろうがレグルは気にしないが。
 焦点を結べるギリギリの距離で、ルークの眼差しは生真面目に据わっている。なんとなくの思いつきで切り出した話ではなさそうだった。
「この人は第七譜術士ではないけど、治癒術は貴重だ……よ。おまけに強力な譜術も使えるみたいだし……いてくれると助かる……と思う」
「そりゃまあ便利は便利だろうけど……って、だからってなにもあんな得体の知れないヤツに!」
「メティがどこにいったか、まだ見当もついてない。俺たち二人きり、この広いオールドラントで、人間一人捜し出そうなんて、そもそも無謀なんだよ。協力者は絶対必要……だよ」
「……あのさルーク」
 頭痛を禁じえずレグルは嘆息した。発想が悠長すぎる。あのメティだって、もう少し警戒心があったものだ。
「世の中、善意の第三者なんて存在しないぜ? 今はああやってニコニコしてっけど、街に着いたら絶対密告されるって!」
「だからこその、交換条件……なんだ。第七音素の持続的な供給は、通報の報酬よりずっと価値がある……から。……もっとも、損得抜きにしても、あの人は俺たちを売るつもりはないと思う、けど」
「なんでわかんだよ」
「三回も助けてくれたし、貴重な音素を削って無償で治療もしてくれた。少なくともお金で動く人じゃない。悪い人じゃない……よ」
「いや、でも……!」
「レグル」
 静かな呼びかけに鼓膜を打たれ、レグルは飛び出しかけていた反論ごと息を呑んだ。
 聞き分けのない子供を諭す口調ではなかった。ただ、語尾に淡く滲んだ苦衷――それが、似ている気がした。三年間、頭の中に縮こまっていた、あの悲しみに。抑えきれずに溢れて零れ落ちていた、透明な雫。
 間近にある緑色の瞳は、感情を抑えたまま決意にも似た確信を秘めて、深い。
「さっきので、よくわかった。俺だけの力じゃ、レグルを守りきれない」
「まも――」
 鸚鵡返しも中途半端に、レグルはぱくぱくと口を開け閉めした。
 護らなければならないのはレグルで、護られるべきはルークだ。それこそが原初の誓い。頭の中に他人がいると知った時からの人生の指針であり、長老との約束でもあった。そんなレグルがルークに護られるなんて、本末転倒にもほどがある。
 しかしとっさの反論は脳内で組み上がる前に出口を失った。おもむろに伸ばされたルークの左手が、レグルの腰元で控えめな鍔鳴りをたてたのだ。
 目を落とせば案の定、無骨な籠手を嵌めた手が、黒い柄にやんわりと添えられていた。
 ……レグルはいまだに、この刀をまともに振るっていない。それどころか、鞘から引き抜くことさえままならず、肝心な場面でずっと誰かに助けられてばかりだ。ライガを倒した時でさえ、ルークに叱咤されなければあのまま食い殺されていたに違いない。
 元はと言えばルグニカで盗賊で襲われたのがケチのつき始めだった。守るべき人を誰一人守り通せず、打ち勝つべきべき敵には完膚なき敗北へと突き落とされ、しまいには護るべき人間に信用を裏切られ――為すべき事柄の一切を挫折し倒している始末だ。
 そんな体たらくで、一体誰を守れるというのか。そうとはあえて口に出さずに淡々と語りかけてくるルークの優しさが、いっそ堪える。
「俺たちはまだガキだ。お互いに助けあわなきゃやってけないし、支えきれずに潰れてしまうこともあると思う。二人っきりで生きていくのは、無理なんだ」
「……」
「信用できないなら、なんでも利用してやるって思えばいい。信頼はあとからついてくればいい。吠えるのは実力をつけてからだ。今は、ちょっと主義や主張をはみ出しても、最善を選ぼう」
作品名:彗クロ 2 作家名:朝脱走犯