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14才の母シリーズ(カズケンカズ/サマウォ)

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静謐は冬の匂いに似た


佳主馬が家出をしたと聞いたときに、理一の脳裏に真っ先に浮かんだのは、あの夏に出会った少年のへにゃりとした笑顔だった。
なぜ健二だったのかと問われれば、それはただの直感でしかなかった。けれど、理一の直感はあまり外れることはない。それが職業柄に由来するものなのか、それともそんな生まれ持った直感の鋭さ故に今の職業に付いて、それなりに上手くやっているのかは曖昧なところではあったけれど。

殴り飛ばされ、床に転がる細っこい身体を見下ろしながら、こんな直感なら当たらなければよかったのにと理一は思う。かなり手加減したつもりだったのに、殴り飛ばした身体は予想以上に軽くて、健二の身体は軽々と部屋の隅まで吹っ飛んでしまった。だん、と鈍い音を立てて壁にぶつかって健二が倒れる。
理一の剣幕に圧されて呆然と扉の近くで佇んでいた佳主馬が、崩れ落ちる音に我に返って悲鳴をあげて健二に駆け寄った。
怒りに任せて殴り飛ばしたとはいえ、ぎりぎりのところで手加減したので脳震盪などは起こしていないはずだが大丈夫だろうかと殴り飛ばしておいて理一は心配になる。ひょろりとしているけれど、理一は現役の自衛官だから、それなりに力任せの荒事には慣れている。その理一に本気で殴られたなら、おそらく殴り合いの喧嘩などしたことのないであろう健二なんか、殴られただけで脳震盪を起こすか、受け身に失敗してあばらの何本かを折るかして、病院に運び込まれる大騒ぎになるだろう。これ以上身内の恥を晒すのは避けたいとまで考え理一は苦笑した。
身内。
こんなことをしでかした、生意気だけれど可愛い従姪を傷物にした男をまだ「身内」だと思っている自分がなんだか可笑しくて、床に転がって痛みと衝撃にうめく健二を眺めながら理一は唇を歪めた。
「理一さん!」
何をするのだと佳主馬が理一を睨み付けてくるが、それを無視して理一は健二のすぐ側にしゃがみ込む。それから、健二のシャツの胸ぐらを掴んで、無理矢理顔を上げさせた。だらりと力の入らない健二の頭が重力に従って垂れる。
やめて、と小さく叫んで佳主馬が理一の腕に縋り付く。
「侘助」
「あん?」
「佳主馬を連れてしばらく外に出てろ。話し合いが終わったら連絡する」
必死に健二から理一を引き剥がそうとする従姪が邪魔で、理一は佳主馬をこの場から強制退去させるべく扉のすぐ側で傍観を決め込んでいた半分しか血の繋がらない叔父の名前を呼んだ。
「話し合い、ねぇ」
「理一さんっ!」
話し合いにはならない気がするけどなぁと侘助が小さく漏らす。
けれど、理一が睨み付けて顎をしゃくれば、侘助にも思うところはあったのだろう、しぶしぶだが素直に理一の言葉に従って、侘助は佳主馬の腕をとった。
力ずくで侘助によって理一から引き剥がされ、佳主馬が侘助の腕を振り払おうと暴れるけれど、どんなに侘助がインドア派の荒事とは無縁の男でも、14歳の少女と成人男性の力の差は歴然だ。あっけなく佳主馬は押さえつけられて、部屋から引き摺り出される。
扉が閉まり佳主馬から理一と健二の姿が見えなくなる直前に、乱暴なことはしないからと理一は佳主馬に向かって告げたけれど、聞こえていなかったかもしれない。
あんな、今にも泣き出しそうな佳主馬をみたのはあの夏以来だった。

「さて、健二くん」
「なんですか、理一さん」
理一は、己が殴り飛ばしたせいで切れてしまった健二の唇の端に触れる。
痛みに眉を潜めるその仕草は如何にも喧嘩に慣れていないといった風で、まだ腫れあがっていない頬も含めて、後できちんと手当てをしなければいけないなと理一は思う。しかし、それよりも先に本題でもあり、侘助から聞き出したことの確認をまずしなければならないのが、理一にはひどく億劫だった。
「健二くん、僕が何を聞きたいかわかるよね」
「佳主馬くんのことなら、たぶん侘助さんならきいている通りですよ」
健二が力なく笑う。
理一はそれに少しだけ眉を潜めて、確認するように続きを口にした。
「僕が侘助から聞いたのは、君が佳主馬を妊娠させたことと、……あぁ、これに関しては君だけの責任だとは僕も侘助も思ってないよ。君は嫌がる子どもに無体を働くような子じゃないし、なによりも佳主馬が本気で抵抗したら君は勝てない」
「……それも、少し情けない話ですけど」
佳主馬はおんなのこで健二は男だけれど、少林寺拳法を嗜んで常日頃から己を鍛えている佳主馬が本気で抵抗すれば健二の方ががあっさりと負けるだろう。だから、理一は無理矢理健二がを手ごめにしたとは思わない。
それよりもなにより、まず二人の性格を考える限り、佳主馬から迫って健二はそれに流されたといったところだろうという確信もある。ぽややんとしている健二と、思い込んだら猪突猛進なあの従姪のどちらが迫ったかなんて、冷静に考えれば一族の誰だって異口同音で「佳主馬」だと言うだろう。だから、年齢云々に関係する行為の是非は置いておいても、そこに同意はあったはずだと理一も侘助もそう考えていた。
「佳主馬の家出を唆したのは健二くん?」
「そうかも、しれませんね……。一瞬に暮らそうと言ったのはボクだから」
意外な言葉に理一はぱちぱちと細めの目をきょとりと瞬かせた。
理一は健二に佳主馬の家出を唆したのは君かと聞いたけど、本気でそう思っていたわけじゃなくて、「違う」という言葉を聞きだしたいが故に問いかけたみたいなものだった。
理一の知る限り、小磯健二という人間は自ら進んで良識から逸脱するような人間ではなかったし(14歳の子どもを妊娠させておいてこういう評し方は微妙だけれど)、誰かに良識から外れる行為を安易に勧めるような人間ではなかったからだ。
健二が何を考えているのからなくて理一が眉間に皺を寄せると、そんな理一の表情を見て、なにがおかしいのか健二は少しだけ笑った。笑って唇の痛みに顔を顰める。
「どちらが先に言い出したのかはこの際どうでもいい。健二くん、佳主馬を返してくれるかな」
「嫌です」
「健二くん」
「嫌です、佳主馬くんは返せません」
きっぱりと言い切られ、理一はますます眉を潜めた。
どう宥めすかそうが、こうと決めたら梃子でも動かない人間だと知ってはいたけれど、こうも頑なに頭から拒絶されるとは理一は思っていなかった。少しくらい、話し合う余地があると思っていたのに、健二は理一の話を聞こうとはしていない。決して嫌いではないその健二の頑なさが、今は無性に腹立たしかった。
「佳主馬を返しなさい」
「嫌です」
「健二くん」
「返しません」
「健二」
「絶対に、嫌です」
「君はっ!」
「理一!」
理一が振り上げた手を、いつの間にか戻って来ていたらしい侘助が寸でのところで止めた。侘助に腕をを取られて理一は思わず常のポーカーフェイスも忘れて、あからさまに舌打ちを鳴らす。
それは声を荒げてしまった自分に対しての苛立ちだったのか、強情でこちらの意に沿わない健二に対してだったのか理一にも侘助にもわからなかったが、一瞬でぶれた感情を立て直した理一は振り上げた腕を戻して健二に向き直る。