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Ladybird girl

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第二章





 背もたれのないくるくる回る黒革張りの丸椅子。校庭に直接続く扉。消毒液のにおい。アメリカを連れてくるまでの荒々しい歩調からは想像もつかないような丁寧な手つきでスライド式のドアを閉めると、イギリスはまず室内を見渡した。
「……誰もいないか」
「言っとくけどイギリス、あたしをリンチしようったってそう上手くは行かないんだからね」
「どういう意味だそれ」
「君が人払いをするときは、たいていろくでもないことが起こるよねってこと」
 生徒会室に鍵をかけるときとか。付け加えると、あからさまなため息が返ってきたが、意外にもあっさり流された。
「保険教諭がいたら、あんたのこと預けてさっさと戻りたかっただけ。あっちで何言われるかわかったものじゃないし」
 言いながらも、しっかとアメリカの手首を握ったままである。
「だったら最初から来なければよかったんじゃな?」
「あたしも今後悔してるところだ、十二分にな」
 それまではずっとアメリカに背中を向けていた(前にいて引っ張っていたのだから当たり前だ)イギリスがここではじめて振り返った。化学室で見た表情に比べれば幾分かは和らいでいるし、物言いたげに歪められた口許はアメリカに付け入らせるような隙の存在を醸し出していたものの、睨み付けてくる目には容易く相手を逃しはしないと感じさせるだけの迫力があった。おかげでアメリカも迂闊には口を開けずに様子を伺う羽目になったのだが、先に視線を逸らしたのは結局イギリスだった。あれほど力を込めていた手もあっさり離されてしまう。
 向けられた、きちんとアイロンのかかった白衣の背中から「適当に座って」とだけイギリスは言い捨てた。声を張り上げたちっとも怖くなんかない怒号よりも、平然と放たれたその一言のほうがアメリカが従うことを当然視していたけれども、だからといって、それこそ化学室での一幕のようにいつまでも突っ立っているのもばかばかしく思えて、アメリカは大人しくスツールをひとつ引き寄せて腰を降ろした。
 そして、相も変わらず無駄に細い背中をすることもなく眺めはじめた。と思ったとき、イギリスはもう振り返っていた。
「ほら、手」
「ん?」
「ばか、左手のほう。怪我した場所を出さないでどうするんだよ」
「ああ」
 差し出した傷口からはもう血は流れていなかったけれど(今思えば、それは誰かさんの握力が止血のような役割を果たしていたせいかもしれない)、手に持った消毒液やら包帯やらを降ろしながらイギリスは大まじめな顔でアメリカに流水で洗わせた。
「いてっ?!」
「我慢しろ」
「だって、イギリス……いたっ」
「あたしのせいじゃない。だからあたしに言ってもしょうがないだろ」
「そりゃ、そうなんだけど」
「ほら、ちゃんと指、伸ばして」
 血がほとんど流れなくなった今、人差し指の腹にのふやけた傷はもはや痛みとは不釣合いなほどに浅かった。なのにイギリスはアメリカの指をおおげさなほど包帯でぐるぐる巻きにして、仕上げになにやら得体の知れないクリップで留めた。
「あと、これ」
 自分も手を洗ってから、ちいさなピルケースを取り出す。
「なに」
「痛み止め」
「それはいいでしょ。ていうか怪しいよ、イギリス」
「いいから取っとけ。いらないなら捨てろ」
 右手に押し込めたあともイギリスは動こうとしなかったから、そのまま保健室で一眠りしていこうかと考えていたのにアメリカもけっきょく立ち上がらざるを得なかった。そもそも荷物は実験室に置き去りにしてきているから、うとうとしているうちに施錠されてしまっても困る。
 すると後ろからイギリスがついてきた。こちらも沈黙したままだったけれど、めずらしく足を引きずるような、上履きがぺたぺた鳴る歩き方をしていたのが音でわかった。
(疲れてるのかな)
 考えてやる義理もなかったけれど、一瞬だけ考える。
 ピルケースを握り締めていたことにも、手当てしてやるとは最後まで言われなかったことにも、気がついたのは寮の自分の部屋に戻ってからだった。

*

「うにゅ……あめりかぁ……?」
 寝ぼけ声で名前を呼ばれたが、これは十分に予想済みのことだったから、アメリカは慌てず騒がず枕元におかれたノンフレームの眼鏡を取り上げて、
「カナダは寝てていいよ。ちょっと水飲んでくるから」
「だったら、わたしも……あれ、めがねは?……あれ」
「だから、カナダは寝てなって」
「うー、めがね、めがね……」
 探しているうちに声がすこしずつ不明瞭になり、カナダが再び寝息をたてはじめるまで待つ。そっと眼鏡を元あった場所に戻して、アメリカは部屋から滑り出した。パジャマ代わりのジャージなら、まあ外出しても大丈夫だろう。ランニングするひとだっているだろうし。
 左手の人差し指がしくしく痛む。
 眠れない、という程の痛みではないものの、一度気にし出してみると意識が集中されてどうにもリラックス出来なくなってしまったのである。眠いことは眠いが、国というものの体調は一晩ばかりの夜更かしで崩れたりはしないし、明日痛みが消えたら教室で寝ればいい。いっそのこと、さぼってしまっても。
 考えながら寮の裏手の自転車置き場まで辿り着いた。校舎と寮は殆どぴったりくっついているから、4、5台の古ぼけたものしか止められていない。その中の1台をどかす。トタン板の穴の向こう、煉瓦の壁にちょうどひとひとりぶんの隙間があった。アメリカがフランスに教えてもらった秘密の抜け道。流石に時間が遅いせいか、今日は近くにフランスもスペインもいなかった。
 そこを抜けて裏通りをいくつか辿って、学園通りと呼ばれている道に出て、あとは指の痛みを連れたままで適当に歩く。日が落ちるころに曇り出したから月は出ていない。煌々と街燈に照らされた歩道はちっとも怖くなかったけれど、ひとりで、静かでいるのはすこしさびしかった。
(そりゃあ、イギリスとかならいないほうがましだけど)
 ちくり。また指が痛んで、アメリカはにわかにピルケースのことを思い出した。捨てるに捨てられず、枕の下に隠してきたそれ。じっくり観察したところ、イギリスがときどき使っているもののような気がした。勿論中身は保証されていないから、今持っていたとして使う気にはなれないけれど。
 頬に当たる風がすこし不快だった。もう9月なのに、まだ生暖かさを残しているからだ。不快感に痛みが荷担して、散歩で捨てるはずだった苛立ちに新たな要素を積み上げていく。
「いたい」
 呟く声は響かずに湿気た空気の中に拡散した。
「イギリスのせいだ」
 もうひとつ、今度は声を大きくして空気そのものを震わせた。意外にも足は止まっていない。むしろ歩幅は大きく、スピードは速くなっていく一方だ。
 今朝のこと。
『おはよう、アメリカ』
 逆光でも分かった。いやまったく見えなかったところで分かってしまうに違いないとアメリカは知っていた。
『まずはそのだらけきったボタンをかけなさい。それからあんたに校則というものを叩き込んでやろう』
 生徒会長の腕章をつけたイギリスは満面の笑顔を浮かべている。なんの検査か知らないけれど、生徒全員に課せられるはずのそれをほったらかしにして、アメリカの手を引いて生徒会室へ連れ込み、ガシャン!
作品名:Ladybird girl 作家名:しもてぃ