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トランバンの騎士

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【10章】暴動計画


 子ども達が寝静まった夜、佳乃はネノフの指示でお湯を沸かした。
 それから、昼のうちに食器棚の奥から取り出しておいた30客以上のティーカップを並べ、そこにお茶を注ぐ。
 普段は日の出より少し前に起きだし、日が沈むのに合わせて眠るような生活なのだが――大人達が夜更かしをして仕事をするにしても、今夜は遅すぎた。まるで子ども達が寝静まるのを待ったかのような時間に、子どもの数以上のティーカップを用意して、いったい何を……と佳乃は首を傾げる。
(……お客さんでもくるのかな?)
 ティーカップといえば、人が飲み物をのむ食器だ。それに茶を淹れて用意しているのだから、そこから想像できる物は『来客』であろう。
 ひい、ふう、みい……と並べたカップの数をかぞえ、佳乃は瞬く。
 村人が全体で何人いるのかは知らないが、これから集会でも行うのだろうか?
 夜という時間帯と来客にしては多すぎるカップに、佳乃がそう結論を出すと、戸口からネノフが顔を覗かせた。
「……佳乃、準備はできた?」
「はい」
 すべてのカップに茶が注がれている事を確認し、佳乃はネノフに応える。数が多いため盆は2つになってしまったが、ネノフと運べば問題ない。
 佳乃の返事に、ネノフは台所の中へ入ると盆を1つ持ち上げた。佳乃はもう一つの盆を持ち上げ、先に歩き始めたネノフに続く。
 お茶の載った盆を持ち、暗い廊下を歩くネノフが外に出ようとしている事に気が付き、佳乃は首を傾げた。



 いつもは暗い夜の礼拝堂に明かりが灯され、今夜は村人が集まっている。
 それも、1人や2人ではない。
 個々の囁きは確かに小さな物であったが、それらが集まると大きなざわめきとなる。
 本人達は控えているつもりなのであろう喧騒に、佳乃は眉をひそめて周囲を見渡した。
 6柱の女神像前に、椅子が2つある。その一つには小さな人影が座っていた。窓から差し込む月明かりと燭台を頼りに、佳乃はその人物を見極める。顔の造形ははっきりとは見えなかったが、何度かあった事がある立派な顎鬚を蓄えた村長だった。隣の椅子には、まだ誰も座っていない。
 いったい誰の椅子なのだろうか? と思いつつ、佳乃はネノフに習って盆に載せたお茶を配る。
 礼拝堂の長椅子には、村の大人達が座っていた。男性が多いが、女性も少し混ざっている。が、子どもは一人もいない。
 盆の上にのった最後のカップを村人に手渡し、佳乃はもう一度礼拝堂を見渡した。
 長椅子から溢れた村人が、丸椅子や壁に寄りかかっている。配ったばかりのお茶を口に運ぶ女性の表情は暗い。
 なにやら重苦しい空気を纏った礼拝堂に、やはり子ども抜きでなくては話せない集会が行われるのだろう、と佳乃は悟った。
 それから、茶も配り終わったので――と退室しようとした佳乃は、村長に茶を渡していたネノフに呼び止められる。
「佳乃、あなたもここに残りなさい」
 ネノフの言葉に、礼拝堂のざわめきは水を打ったように静まり返った。
 礼拝堂に集まった村人たちも、当然佳乃は出て行くものと思っていたのだろう。言葉こそ発しなかったが、不満気にネノフへと視線を向ける村人の気配がわかった。
「え? でも……」
 佳乃は自分が一部の村人から『よそ者』と呼ばれている事を知っている。孤児院の敷地から極力でないようになってからは耳にする機会も減ったが、先日ザイが怪我を負った際に再実感させられてもいた。何やら改まった話をするらしい集会に、彼らとしても『よそ者』が混ざることは快く思いはしないだろう。
 それに、佳乃としても村人の相談事になど興味はない。
 ただ、孤児院の子ども達とネノフ、自分に累さえ及ぼさなければ、誰が何をしようと構わなかった。
 眉をひそめ、辞退しようと口を開く佳乃の目の前で、男がネノフの盆からカップを取る。
 男はそのまま大股に礼拝堂を横切ると、佳乃の前まで来てカップを差し出した。
「……あんたは、ここの『ママ』なんだろ? だったら、この村の住人だ」
「はぁ……あ、ありがとうございます……?」
 ぐいっと胸の前に差し出されたカップを、佳乃は反射的に受け取った。
 素っ気無くはあるが、なにやら自分を認めてくれているらしい男を、佳乃は首を傾げて見上げる。燭台の頼りない明かりに照らされたその顔には、見覚えがある気がした。いったい誰だったか……と瞬く佳乃に構わず、男は早々に元居た場所へと戻って行った。どこか怒ったようなその背中に、佳乃は遅れて思いだす。
「……あ」
 男は、ザイの父親だった。
 無言のまま椅子に座った男を見つめる佳乃を、村長の横に座ったネノフが手招く。
 その招きに、佳乃は一瞬だけ迷ったが、結局は従った。
 礼拝堂を横切り――集まった村人達の中央を歩き――佳乃はネノフの元へと歩く。その短い距離を歩く間、何人かの息を飲む音が聞こえたが、佳乃の退室を求める声は聞こえなかった。
 不思議な気分だ。
 自分は5ヶ月にも満たない村での暮らしで、『よそ者』と退室を求める者が口を噤むぐらいの人数からは『村人』と認められているらしい。
 ヘタをすると何年暮らして居ようとも隣人の顔すら知らない事もある日本で育った佳乃には、奇妙にくすぐったくもある。
 佳乃は、村長の横に並べられた椅子に座るネノフのすぐ後ろの壁際に移動し、そこから『集会』を見学――否、参加というのが正しいだろう――することになった。



 深夜の礼拝堂にあつまり、交わされた集会の内容は、同席していようとも佳乃に口の挟める物ではなかった。
 曰く。
 以前ネノフが言っていたように、今年の収穫は大豊作とはいえないが、まずまずの出来だ。このままならば、冬を越すには問題がない。
 が、それを知った領主が税を吊り上げた。
 これでは昨年よりも生活が苦しくなる上に、冬を越せない者も出てくるだろう、と。
 集会の進行を壁際で見守りながら、佳乃は目を伏せる。
 孤児院へはイグラシオが小麦等を運んでくれるため、そこまで酷い状態という実感はなかった。確かに孤児院での食生活は豊かではなく、日本に居た時のように一日三食を食べることはなかったが、ここでの太陽と共に暮らす生活でならば空腹も我慢できないものではない。だが一歩孤児院を出て、イグラシオの援助のない村人となると――同じ村の中だと言うのに、日に一食の食事すら確保できない者もいるらしい。どうりでイグラシオが頻繁に食料を運んでも、子ども達が満腹になるまで食べられないはずだ。弟妹のためにと運ばれたイグラシオの寄付は、ネノフの手により村人にも振舞われている。イグラシオもそれを承知はしていた。
 では、さらに範囲を広げて考えるとどうなのだろう――?
 浮かんだ答えに、佳乃は眉をひそめた。
 イグラシオのような余裕のある人間が、そうそういるはずもない。
 という事は、別の村はもっと酷い状態にあるのだろう。
 不安を掻きたてられる議題に、佳乃はそっとため息をもらした。
 空気が重い。
 不満と不安の混ざり合う礼拝堂に、村人の囁きがさざ波のように響いた。
 一つひとつの囁きに耳を澄ませてみると、口々に領主への不満が吐き出されている。
 それは、あまり良い傾向ではない。
「……やらねぇか?」
作品名:トランバンの騎士 作家名:なしえ