二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

トランバンの騎士

INDEX|79ページ/89ページ|

次のページ前のページ
 

【14章】騎士の道・人の道


 天幕を張ったハイランド陣営から、佳乃はまだ遠くに見えるトランバンの城壁を見つめる。
 距離はあったが、佳乃のいる位置からでも中央に聳えたつ城が見えた。トランバン城の周りには市街があり、その周囲をぐるりと堅固な城壁で守っている。城壁の周りには流通の要となる4つの門があり、その一つである西門周辺を見つめ、佳乃は目を細めた。
 スッと一筋の白い線が地表から空へと登る。
「……始まった」
 白い線は、のろしだ。
 距離がありすぎて佳乃の目には『線』としか映らないが、近くで見ればただの煙だろう。
 『作戦』の開始を告げるのろしに、佳乃はそっとため息をはく。
 ハイランドへと向かっていた時は、歩きでの旅程に随分時間がかかると思っていたが、帰りはそうでもなかった。というよりも、やるべき準備が多すぎて時間経過を感じる暇もなかったといった方が正しい。
 あのウェインとの会談が成った後、目まぐるしく事態は動いた。
 ヒックスは早々にハイランド軍へと従軍を決め、ウェインと諍いを起していたはずのヒルダもまた、領主を討ってくれるのならと盗賊団ごとハイランド軍への協力を申し出た。ヒルダは盗賊団の身軽さと機動力を活かしてトランバン領内の村々を巡り、ハイランド軍との連携を促した。佳乃が徒歩で旅をしている間に季節は収穫期を向かえ、それを根こそぎ領主に奪われたばかりの領民たちは簡単にまとまった。元々、義賊として領民に人気のあったヒルダが動いていたことも大きい。
 領主に反意を持つ領民を一斉に集めての蜂起。
 そして、そこにハイランド王国という一国の軍隊が加わり、これまでの『蜂起』とは規模も戦力も桁が違う。
 いかに領主が搾取した税金で傭兵を雇おうとしても、四方の門を塞がれてしまっては外から新たに傭兵を雇用することもできない。
 今回の蜂起は、『必ず』成功する。



「んじゃ、佳乃。俺もそろそろ行ってくるわ」
 一人の武将としてウェインから師団を預かったヒックスが、背後から佳乃に声をかけてきた。
 『お嬢ちゃん』から『佳乃』と呼ばれるようになってから、まだ日が経っていない。
 ヒックスの中でどのような心境の変化があったのかは解らないが、とても『お嬢ちゃん』といった年齢ではない佳乃からしてみれば、少しだけ嬉しい変化だった。
「気をつけてくださいね」
「おうよ」
 そう答えながらヒックスは佳乃の隣に並ぶ。
 遠く見えるトランバンの街を見つめ、感嘆のため息を洩らした。
「それにしても……あの人数を、全部囮に使うかね、ホント」
 城壁周辺に見える黒い斑点――点にしか見えないが、あれは領民たちの頭だ――を見つめながら、ヒックスは眉をひそめる。領民を囮に使うと言い出したのは、のんびりとした雰囲気を纏ったあのウェインだ。
「戦力を分散させるのが目的だそうですから」
 黒い絨毯のように広がる城壁前を見つめ、佳乃も苦笑いを浮かべた。
 可能な限り犠牲を少なくしたいという佳乃に対し、ウェインが提案した事が『領民を囮に使う』という案だった。少し聞いただけでは真逆の発想だとしか思えなかったが、イグラシオと閃光騎士団の性質を突いた作戦らしい。わざわざトランバン城から見える位置に隠れることなくハイランド軍の陣営を構えていることにも、実は意味はある。
「あとは、トランバンの市民がどう動くかで、犠牲者の数が変わってきます」
 ウェインの思惑通りに動いてくれる事を祈り、佳乃は領民に囲まれたトランバンの中にいるイグラシオを想う。
 トランバン市民に犠牲が出れば、イグラシオが苦しむ。
 それは解っている。が、放っておいてもボルガノの欲の犠牲者が出てしまうのだ。多少の痛みを伴ったとしても、悪い膿は早めに取り除いてしまうに限る。
 のろしに続いて土煙の登り始めた城壁周辺に、佳乃はウェインの言葉を思い出した。
 領民を囮にするという作戦を語った後、ウェインは佳乃にこう言った。
 イグラシオ殿と話がしてみたい、と。
 という事は、ウェインにイグラシオの命を奪う気はない。
 後はイグラシオが我を張らず、ウェインに折れてくれることを祈るしかなかった。



 街と城を守るための城壁に立ち、イグラシオは東南に陣を構える軍隊を見下ろした。
 白い軍旗とその中央に模された鷲の紋章に、その軍隊がハイランド王国の物であることに間違いはない。
 なんの前触れもなく現れた一国の軍隊と、タイミング同じくして起こった領民の一斉蜂起に、イグラシオは渋面を浮かべた。
 ――タイミングが良すぎる。
 そうは思うのだが、それを確かめることは今のところ重要ではない。
 少なくとも今一番重要なのは、ハイランドの陣営から行軍を始めた師団を警戒し、トランバンへと攻めてくるようであればこれを撃退することだ。
 本当であれば城壁にある4つの門へとまわり、それを囲む暴徒の鎮圧へと向かいたい所だったが、戦力の嵩がしれている領民と他国の軍隊とを比べれば、自分が対峙すべき相手は他国の軍隊であった。
 気にはなるが、暴徒の鎮圧は他の騎士に任せるしかない。
 眼下に近づき来る軍隊をイグラシオが睨んでいると、城壁の階段を駆け上がってくる重い足音が聞こえた。
「団長!」
 鉄の擦れ合う鎧の音を響かせながら一人の伝令兵がイグラシオの背後に立つ。
 伝令兵は乱れた呼吸を整えることなく、一息に言葉を発した。
「西門を暴徒に突破されました!!」
「何だと!?」
 伝令兵の持ってきた知らせに、イグラシオは自分の耳を疑う。
 暴徒とはいえ、もとはただの農民。鍬を持つことには慣れているが、剣を持った騎士を相手に勝利を掴むことは不可能だろう。事実、イグラシオはこれまでも暴徒を鎮圧してきた。領主への不満を爆発させ、群れた領民からは鬼気迫る物があったが、やはり個々の力は弱く、剣を持った騎士に鎮圧できないものではい。そのはずだ。が、自分の元へと知らせを持ってきた伝令兵によると、その目算も通用はしないらしい。
「ハリルはどうした?」
 西門へと暴徒の鎮圧に向かわせた騎士の名をあげ、イグラシオはハイランド軍から視線だけを伝令兵へと移した。
「はっ! 西門で暴徒を先導していた例の女盗賊に手間取り……」
「討たれたのか?」
 伝令兵の言葉にくだんの女盗賊ヒルダを思い出し、イグラシオは憎々しげに眉根を寄せる。
 いかに閃光騎士団による盗賊討伐を潜り抜けてきた女盗賊とはいえ、エンドリュー、ヒックスに継ぐ実力者のハリルが盗賊に遅れを取るとは考え難い。
「いえ、その……」
「どうした?」
「は、その……」
 なにやら言い淀む伝令兵に、イグラシオは視線だけではなく体ごと向き直り――東門から別の伝令兵が鎧の音を響かせながらイグラシオの元へと走ってきた。
「団長! 東門が『内側から』破られました!」
 先程の報告よりも情報の多い『報告』に、イグラシオはこれ以上寄らないのではないかと思われるほど眉を寄せる。
 今、何かおかしな言葉を聞いた。
 聞き間違いか? とも思ったが、耳が拾い取った単語に、イグラシオの思考は奪われる。
 伝令兵の報告の、意味が解らない。
 いや、伝えたい事は判る。東門が暴徒に突破されたのだ。
 が、その方法となると――少々理解しがたい。
作品名:トランバンの騎士 作家名:なしえ