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トランバンの騎士

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【終章】黎明の誓約


 トランバン城の開城から半月。
 城の倉は早々に市民へと開放され、さすがに全てを返すことはできないが、冬を越すには十分な食料が領民へと戻された。蜂起に参加していた領民たちも今はそれぞれの村へと帰り、改めて冬越しの準備をしていることだろう。街には段々と活気が戻り始め、店を閉めたままの商店もなくなった。
 主の変わった領主の執務室に立ち、そこへと飛び込んでくる街からの報告を聞き、イグラシオは目を細める。
 苦情や陳情も確かに多かったが、それら全ては前向きな『意見』でもあった。そして、ボルガノが治めていた時には口にする事さえ許されなかった市民たちの『声』でもある。
 少し前までは主の趣味にあわせ、悪趣味なまでに装飾が施されていた執務室であったが、主が変わったことでそれらの装飾品の全ては売り払われた。そうしてできた金で人足を集め、蜂起で破壊された建物の修復にあたる。職を奪われた者も、人足として働けば急場は凌げるはずだ。その後の職は、回復へと向かうトランバンでじっくりと探せば良い。
「……と、とりあえずはこれぐらいでいいかな?」
 執務室の新しい主ウェインは、重鎮の老神官へと確認したばかりの書類を手渡す。
 簡単な税率の調整、冬の準備、失業者の再就職斡旋等、対応を優先させるべき事は全て終わったはずだ。
 書類に目を通して満足げに頷いたノルンに、ウェインはイグラシオとエンドリューへと視線を向けた。
「それで、トランバンの今後のことだけど……」
 当面の対処は終わった。
 となれば、今度は今後の話になる。
 そう顔を上げたウェインの言葉を、イグラシオは静かに待つ。
 トランバンはハイランドに対して開城したのだ。トランバンがどのような扱いを受けるにしても、トランバンの民にもそれを受け入れる覚悟はできている。
 『今後の事』と聞き、姿勢を正した二人の騎士にウェインは苦笑を浮かべた。
「領内が落ち着くまでは、ハイランドへ一時預かりとする。その後は……相応しい人物を領主とし、再び自治領に戻そうと思っている」
「……は?」
 涼やかなウェインの声音の中に、耳を疑う単語を拾い取ったイグラシオは眉をひそめる。
 今、何かおかしな言葉を聞いた気がした。
 気のせいだろう、とチラリと視線をエンドリューに向けて確認してみたが、彼も困惑しているのか眉をひそめてウェインを見つめていた。
「新しい領主の条件は、市民からの人望があることと、トランバンの民であること。この2つだ」
 困惑する騎士を無視し、話を続けるウェインにイグラシオは意を決して口を開く。
 一度主を討った身では説得力もないが、やはり騎士としては主に従うものだとも思っている。幸いなことに、新しい自分の主は弱者を省みない男ではない。イグラシオがボルガノにしたように、見限る必要は当分なさそうであり、本来ならばすべての命令に対し疑念を抱くことなく全力で応えねばならないと思うのだが――さすがに口を挟まずにはいられなかった。
「あの、ウェイン様……」
「卿の疑問は解る。トランバンはハイランド軍の介入を受けて開城したのだから、普通に考えればハイランドに吸収されるか、属国として扱われるところだろう」
 遠慮がちに口をはさんだイグラシオに、ウェインは先回りして答えた。
 その答えに、イグラシオはホッと息をはく。
 どうやら、自分の新しい主は愚か者ではなかったらしい。
 戦に勝利したものの常も、しっかりと理解していた。理解していて――あえてトランバンを自治領として市民に返すと発言しているのだ。
 約半月とまだまだ短い付き合いではあったが、ウェインに仕えることになり、ボルガノとは比べ物にならないほど『お人好し』であることは解っているが、まさかそのままトランバンを返す等と言い出すとは思っていなかった。普通、戦の勝者は得た領地を手放さない。
 自分の答えに対し、瞬いている二人の騎士に苦笑を浮かべ、ウェインは続けた。
「卿は大切なことを一つ忘れている」
「は?」
「確かにハイランド軍は介入したが、領主ボルガノを追い詰めたのはトランバン領民だ。そして、ボルガノを討ったのは……卿だ」
 確かに、あの時ボルガノに直接手を下したのは自分だ、とイグラシオは瞬く。
 ウェインの命を受け、折れた剣の代わりにウェインの剣を拝借して、自分がボルガノを討った。
「『トランバンの騎士』が領主を討ったのだから、やはり、いずれは領地をトランバンの民に返すのが筋だろう」
 ただの屁理屈のような言葉であったが、これでようやく理解した。
 民を守ろう、救おうと行動した男が、『トランバンの民』を煽って蜂起を促した理由を。
 あれはただ単純に兵力を分散することを狙っていた訳ではなかったのだ。
 『トランバンに住む民の手による開城』という事実を作り、一度は領地を預かってもいずれは返すつもりで。
 ウェインに領地を広げるという欲はない。
 ただ一人の騎士として、弱き市民を救うために力を貸してくれただけなのだ。
 だから、トランバンの開放と回復という自分の仕事が終われば、自治はトランバンの民に返すと――
 口を閉ざしたイグラシオに、ウェインは苦笑を浮かべたまま小首を傾げる。
 見た目はまだまだ成長途中にある『王』は、イグラシオの想像を遥かに凌駕した器の持ち主だった。



「この半月でトランバンもだいぶ落ち着いた」
「そうみたいですね」
 元々のトランバンを知らない佳乃は、イグラシオの言葉に相槌ぐらいしか返せない。ただ、ニーナに連れられて出た市街には、市が立ったり、閉じていた商店が開いたりと活気を取り戻し始めているのが見て取れた。街の様子はその程度しか知らなかったが、城にいる兵士の様子ならば少しだけ判る。怪我をした兵士の治癒は先日全て終了し、怪我人の治癒を理由の一つにトランバンへと残っていた佳乃はお役御免となった。ニーナは元々ハイランドに従軍している人間であったので怪我人がいなくとも仕事があり、早々にハイランド軍へと組み込まれたヒックスも、武将の一人として片付けるべき雑務に励んでいた。
 みな、各自のこなすべき仕事をしている。
 宙ぶらりんの状態で暇なのは、佳乃ぐらいだ。
 あまりの情けなさに城で下働きの真似事もしてみたが、失敗をした覚えはないのだがすぐに追い出されてしまった。
 治癒以外で唯一の特技――と呼べるほどの技術はなかったが――を否定され、軽く落ち込んでもいる。
「……明日には私も時間が取れるだろう。私が送って行くから、そろそろ……」
 孤児院へ戻れ。
 そう続いたイグラシオの言葉に、佳乃は並んで歩いていた足を止める。
 逃げ回っていた言葉を、ついにイグラシオの口から聞かされてしまった。
「……あの」
「ん?」
 確かにイグラシオの言うとおり、孤児院に戻るのが一番良いことだ。
 むしろ、佳乃にはその選択肢しかない。
 が、やはりそれには従いたくないのも事実で。
 佳乃は視線を落として忙しく思考し、探す。
 孤児院に戻れというイグラシオが、その発言を撤回せざるをえない理由を。
「えっと、あの……」
 視線を落として自分のつま先を見つめ、考える。
作品名:トランバンの騎士 作家名:なしえ