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善法寺伊作という男

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【壱】




「伊作は強いぞ」と、プライドの高さは結構なものだと自覚する自分が認めた数少ない相手が、そう言って笑う。

 六年長屋の軒の先で休息を取る文次郎と仙蔵の視線の先には、泥で酷く汚れた伊作が、やはり同じように汚れている後輩の頭を撫でている。
 おそらくは、また年下の穴掘り小僧の掘った穴に落ちたに違いない。それか小平太の塹壕か。
 とにかく伊作が誰かの作ったトラップにかかり穴に落ちることは、残念ながらこの忍術学園では珍しいことではない。そんな男が強いとは、文次郎の辞書にはどこにも載っていない。
「……理解できん」
「そうだろうな。お前の基準では、伊作は最低の部類だろう」
 溜息混じりに呟けば、仙蔵も同じ方向を見つめてながら口元を緩める。
 伊作に見送られて、後輩は自分の長屋へ向かって駆けて行く。それを見送る横顔は忍者らしさの欠片も感じられなくて、口をつくのは溜息ばかりだ。


 ――話はつい昨夜に遡る。
 忍術学園の六年生ともなれば、いくつもの悪いことも覚えているのが常。女や酒がその最たる部類で、たまに溺れすぎて教師に厳重注意を受ける忍たまも、例年ひとりやふたりはいるらしい。そのぐらいの感情をコントロールできないなど愚かにもほどがあると切り捨てる文次郎だが、嗜むことにまであれこれ言う気はない。
 だから鍛錬仲間の友人が学園を抜け出そうが、酔っ払って戻って来ようが、呆れるだけだ。それに文次郎自身も混じって抜け出すこともあるのだから、はなから非難などできる立場でもない。
 それに息抜きと称し誰かの部屋で酒盛りをすることは、実は嫌いではないのだ。
「……それで、六年の中で誰が一番強いと思う?」
 酒の席での与太話。きっかけは、四年生の実習の話だった。あの癖のある四年生の中で、誰が強いと思うか、と。
 文次郎も仙蔵も小平太も、それぞれ委員会では四年生の後輩に補佐を頼んでいる。自分たちの代理戦争ではないが、勝って当然……そんな少しばかりエキサイティングした会話で盛り上がるのは、ある意味必然。
 体力ならば滝夜叉丸、火器ならば三木ヱ門、トラップならば喜八郎。ごく当然の結論に行き着いたとき、不意に伊作がそれで、と爆弾を落としたのだ。
「「俺だ!!」」
 一瞬の沈黙の後、文次郎と留三郎、異口同音の叫びが部屋の中に響く。
 あまりに揃ったその反応に、これまた残った四人は一様に笑いだす。当然、声を上げた側の気分はよくない。
「まったく、お前たちと来たら…っ」
「こういうときだけは、息がピッタリだよな」
 仙蔵が苦しいと腹を抱えれば、小平太ははなから遠慮もない。隣に座る文次郎の肩をバシバシ叩く。こういうとき、長次は我関せずのタイプだが、笑いをこらえて目元が紅くなる。今に限れば、喉まで赤い。
「……真似するんじゃねぇ」
「お前こそ、俺の真似をするな」
「ちょっとふたりとも。ここでケンカはなしだよ」
 バツの悪さも手伝っていがみ合えば、原因を作った男が何を言い出すのかだが、伊作が留三郎の肩を軽く押さえる。
 しかしもう一方の手には相変わらず酒杯代わりの湯飲みが握られたまま。そこに長次が酒を注ぎ足してやっているのだから、説得力はあまりない。
「いいじゃないか、伊作。次の酒は留三郎と文次郎のオゴリになるんだし」
 酒を飲み干して、小平太も湯飲みを長次に突き出す。
 酌取りよろしい長次だが、放っておけば延々と酒を飲み続けるワクなのを本人も自覚しているらしい。だから、酌をしながらのほうが、周りの酒量とバランスが取れてちょうどいい。結果、酌人と化す。
 それはとにかく、オゴリ酒など冗談ではない。
 酒の場でケンカをすれば、次の酒はそいつらのオゴリとは五年の始めごろには出来上がっていたルール。ひとりの酒量はたかが知れていても、六人も揃えば結構な量になるから懐的にかなり痛い。
 幸か不幸か、そういう目を何度も見ている文次郎と留三郎としては、これまた息を合わせたように喉を鳴らす。
「そういう小平太は、自分が一番強いと思っているのだろう?」
 まだまだ話を続ける気らしい仙蔵が楽しげに笑い、杯を突き出す。やや遠い彼のために、長次は身を乗り出しやる。徳利をまわせばよいだけなのに、律儀なものだ。
 話を振られた小平太はといえば、案の定、ニカリと笑って白い歯をみせる。
「当たり前だ! 長次だって仙蔵だってそうだろう?」
 ようやく己の湯飲みに酒を継ぎ足す長次は、意味深な視線を一度だけ巡らせると杯を傾け、一方で仙蔵は口の端をきれいに釣り上げる。
「当然だ。……と言いたいところだが、そこまで私はうぬぼれではない」
 カツンと来る物言いに、少しばかり場が殺気ばむ。もっとも、この程度で動じるような奴は、この場にはいない。だが、そんな空気の中で朗らかな笑い声を上げるというのはいかがなものか。
 くいっと杯を飲み干したらしい伊作が、笑いながら口元を拭う。
「意外だね。仙蔵は自信家なのに」
「己の分を弁えているのだ。……そういうお前はどうなのだ、伊作?」
「僕を強いという人がいたら、お目にかかりたいね」
 長次から徳利を受け取って、手酌で継ぎ足す。普段は呑み控える伊作だが、珍しく羽目を外しているらしい。けらけら笑うさまは、ともすれば自分の技に対し適当にもみえる。
 忍者にとって、技術を磨くことは義務にも等しい。なのに、自分の実力のなさを笑い話にするとは……。不愉快だと、文次郎の眉間にしわが寄る。
 そんなひとりにお構いなく、座の中を徳利が巡る。
「私は、お前をとても評価しているぞ? 腕っ節は筋肉馬鹿どもに譲るとしても、私が六年生の中で一番強い者の名を上げるとしたら、伊作、お前だ」
 これまた陽気な酒を飲んでいる仙蔵が、それぞれに視線を巡らせ、意味深に笑う。
「えっ、僕!?」
 五人分の視線を一身に受けることになった伊作は、一瞬きょとんとして、盛大に吹き出す。
「冗談が過ぎるよ、仙蔵」
「冗談ではないぞ。かなり本気だ。なぁ、長次」
 我関せずの風で酒を舐める男は、不意に振られた話に視線をちらりと上げて、目を伏せる。
 肯定されては面白くないと隣に座る小平太が頬を膨らませているのだから、妥当な反応といえる。もちろん、文次郎も面白くないし、留三郎もそうだろう。
「まったく、そんなにおだてても、いいことなんてなにもないからね? 文次郎を褒めたほうが、予算とかで利益がありそうなのに」
 周りの空気などお構いなしに笑い続ける伊作は、なにがそんなに楽しいのか。
 再び戻ってきた徳利をほぼ真っ直ぐ傾けるが、さすがに中はほとんど残っていない。ほんの少しばかりの酒が、伊作の湯飲みの中に落ちる。
「残念。今日はもうお開きだね」
 それを舐め取るように飲み干すと、なんとも切なげな声を漏らす。
「ちょうどよかろう。筋肉馬鹿どもは、鍛錬の時間だ」
「あんまり馬鹿馬鹿言うもんじゃないよ。仙蔵だって、みんなの強さは認めているくせに」
 ねぇ、などと隣の留三郎に同意を求める。
 同じく求めるのならば反対側の長次にしておけよ、とはさすがに誰も言わないが、振られた留三郎は伊作と周囲を見比べて、溜息をついてみせた。
「…………伊作、飲みすぎだ」
作品名:善法寺伊作という男 作家名:架白ぐら