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人を呪わば穴二つ

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第五幕 池袋人間交差点


 正臣が青葉と対峙し、帝人、杏里、セルティ、静雄が公園に集い、新羅がようやく立ち上がれるようになった頃。
 信号待ちをする人々の中、甲高い少女の声は一際目立っていた。
「秋の味覚満載! フルーツ特盛りスペシャルパフェだって! 見て見てクル姉、超おいしそうだよー!」
 おさげの少女が、隣のショートカットの少女にフリーの情報誌を見せながらはしゃいでいる。服装や髪型は違うものの、少女達の顔立ちは瓜二つだ。二人して顔を寄せ合い、誌面に見入っている。
「ねぇねぇイザ兄! デザートはここにしようよぉ!」
 少女達は、二人同時に振り返った。
 二人の三歩半後ろに立っていた男は、造作の整った顔立ちに、黒いコートが印象的だ。男は眉間に皺を寄せ、肺の空気を搾り出すような深い溜め息を吐いた。
「駄目。ていうかお前ら、もう少し静かにしろ」
「えー? 何でー?」
「何でも」
「望(行きたい)」
「行かない。話が違うぞ」
 少女達は口々に食い下がるが、男は全く取り合う様子を見せない。眉間の皺がどんどん深くなる。
「ケチ! イザ兄なんてハゲちゃえ!」
「何とでも言え。それ以上五月蝿くすると寿司も無しだからな」
 男が煩わしげに言い放つと、おさげの少女はころりと態度を変えた。
「え、嘘嘘! そんなのイヤだよう!」
 慌てて取り縋る少女を、もう一人の少女が呆れたような目で見ていた。
 額を押さえる男、折原臨也と、二人の少女、九瑠璃と舞流。三人は周囲の視線を浴びながら、青になった横断歩道に足を進める。今日何度目になるか分からない、臨也の深い溜め息が、池袋の雑踏に飲み込まれた。







 相変わらず片言の店員、サイモンに出迎えられ、臨也達は露西亜寿司の奥の座敷に陣取った。
「回転寿司にはメロンがあるのに、どうして露西亜寿司には無いんだろうね?」
「謎……(不思議)」
 二人は未だにデザートから離れられないらしい。メニュー表をくるくると弄びながら、左右対称に首を傾げる。臨也は、疲れた様子でテーブルに肘を突き、妹達の会話を聞き流していた。
「お待たせいたしました」
 そこへ、穏やかな声が響いた。臨也は即座に笑みを浮かべ、声の主を振り返る。
「やぁ、沙樹ちゃん。なかなか似合ってるじゃないか」
 臨也達の前に緑茶を運びながら、沙樹がふわりと微笑んだ。
「びっくりしました。来るなんて思わなかったから」
「沙樹ちゃんの働きぶりを見ようと思ってね。頑張ってるかい?」
 臨也の豹変ぶりに、九瑠璃と舞流が奥で顔を見合わせている。
「慣れてないので大変ですけど、何とか」
「良ければ、もうあがって一緒に食べない? 奢ってあげるよ」
 突然の提案に、沙樹は微笑を浮かべたまま、じっと臨也を見つめた。臨也も同じように見つめ返す。二人は、しばらくその状態で静止した。
 しかし、先に臨也が降参した。溜め息を吐き、軽く眉を上げる。
「最近冷たいよね、沙樹ちゃん。嫉妬しちゃうなぁ……」
「……ふふ、臨也さんの嘘吐き」
 沙樹は笑みを深めると、エプロンから伝票を取り出して姿勢を正した。
「ご注文はいかがなさいますか?」
 少し気取ったような言い方に、臨也が苦笑を零す。
「特上! 三人前で!」
 臨也よりも先に、舞流が返事をした。
「……好きにしろ」
 臨也は、諦めたように手を振る。沙樹は、微笑を残して臨也たちの席を去った。
 臨也がテーブルに向き直ると、双子が身を寄せ合ってじろじろと臨也を見つめている。
「……何だよ、気持ち悪い」
 臨也は、今までの笑い方などすっかり忘れてしまったように、不機嫌顔に戻っていた。
「イザ兄、振られちゃったね」
「哀(可哀想)」
「五月蝿い」
 わざとらしく悲しい顔をする双子に、臨也は眉を寄せる。そんな臨也に、双子が追い討ちをかけた。
「もう! 既に二人も美女を引き連れてるんだから、そんなにがっかりしないで!」
「両、花(両手に花)」
「……誰が、何だって? お前ら、いい加減にしないと放り出すぞ」
 臨也が苛々と言い放つと、舞流がにやりと笑った。
「いいよ? 放り出されるのはイザ兄の方かもしれないけどね!」
 袖を捲くる舞流の隣で、九瑠璃が鞄から何かのスプレー容器を取り出した。
「……もういいから、頼むから大人しくしててくれ。……九瑠璃、それしまって」
 九瑠璃は、素直に両手装備だったスプレーを鞄に戻した。
「諦(しょうがないな)」
「まったく、イザ兄ってば大人げないんだから!」
 臨也は、眉をピクリと動かしたが、結局何も言わなかった。






 その頃、帝人達と別れたセルティは、あても無く池袋の街をふらついていた。事の次第は、新羅にメールで報告済みだ。
 周囲から視線を浴びつつ信号待ちをしていると、不意にセルティの携帯が振動を伝えた。
 ――――――今度はちゃんと気付いたぞ。
 意図せず三度も新羅からのメールを無視してしまったセルティは、青になった信号を抜けて脇道に逸れた。バイクを停止させ、携帯を開く。予想通り新羅からだ。毎日顔を合わせているだけに、こんなにメールをやり取りをするのは新鮮だ。
 メールを読み終え、セルティはヘルメットを傾けた。メールには労いの言葉と、部屋の片付けが予想より早く済みそうなこと、最後に、どこかで夕飯を調達してきて欲しい旨が書かれていた。セルティが入れる店はコンビニぐらいなので、おつかいを頼まれることは珍しい。
 セルティは少し考えてから、ゆっくりとバイクを発進させた。






「ねぇイザ兄、ほんとにデザートだめ?」
 夕食を終え、帰路に着いている途中で、舞流が強請った。
「お前ら、もう腹一杯だろう?」
「甘、別(甘いものは別腹だよ)」
 呆れた顔をする臨也に、九瑠璃も援護射撃をする。
「駄目。これ以上ぶらぶらしてたら、」
 臨也は双子を言いくるめようとしたが、その言葉は最後まで続かなかった。
 突然黒い影が絡みつき、臨也の動きを拘束したのだ。臨也は一瞬慌てたが、すぐに落ち着きを取り戻した。こんなことが出来るのは、池袋ではたった一人だ。
「首無しライダーだ!」
「凄(すごい)」
 突然兄が拘束されたにも関わらず、双子はそれぞれに歓声を上げた。
 臨也は薄笑いを浮かべて、自分を拘束している人物を振り向く。
「やぁ、セルティ。久しぶりだっていうのに、随分ご挨拶じゃないか」
 臨也の言葉に、セルティは無言で答えた。



作品名:人を呪わば穴二つ 作家名:窓子