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この手が届いたら

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この手が届いたら






星空の下、風に煽られてはためく黒いコート。
「・・・臨也さん」
帝人が声をかけると、ぴくりと動いた影が、ゆっくりと振り返った。ネオンの明るさに照らされて、その横顔がまるで泣いているかのようだ。
「・・・戻ってこないから、心配しました、よ」
「帝人君・・・」
廃ビルの屋上に吹く風は、生ぬるく2人の間を流れてゆく。帝人はそっと臨也に近づいて、彼がそうしているように、フェンスの向こう側へ行こうと手を伸ばした。
「だめだよ」
臨也が止める、その顔はとても真剣だ。
けれどもこちらにだって、譲れないものがある。
「いいから、そこにいてください」
「帝人君」
「行きます」
ガシャンと音を立ててフェンスを乗り越え、コンクリートの上に降り立つ。歩数で言うなら、二歩分ほどのそのスペースに、帝人は恐る恐る座り込んだ。臨也も、つられるように腰を下ろす。
しばらくの沈黙。


「・・・あなた、生きているそうですよ」


何から切り出そうか迷った末に、手っ取り早く一番に口にしたのは、自分が知ったとき一番ほっとしたこと。臨也はそれを知りたいのではないかと思ったのだが、反応は薄かった。
「・・・嬉しくないんですか?」
「誰に聞いた?」
問い返しは鋭い。
帝人はぱちぱちと瞬きをして、一瞬迷い、それから隠し事をするべきではないだろうと、正直に告げた。
「新羅さん、です」
「・・・つまり君は、ついに、倒れたりしてしまったんだね」
「それはまあ、いいんですよ。些事です」
「どこがだよ!」
一瞬びっくりするほどの大声で、臨也が怒鳴る。帝人にしてみれば、ほんの数十分の睡眠で治る程度の気分の悪さなんか、本当に些事なのに。大体、自らそうしたも同然なのだから、臨也がそんな顔をする必要は無い。
「・・・あまたと話がしたいのは、僕のほうですよ臨也さん」
どうしてそんな、泣きそうなのだろう。
帝人は手を伸ばして、触れられないことを思い出して、その手のひらをぐっと握った。
「だから、いいんです。些事ですよ臨也さん。それよりも・・・あなたの空白の一年の正体、分かりそうです」
きらびやかなネオンの海を見下ろして、帝人は息を吐く。
7、2、2、1、4、#、5、いつか滑らかにその唇を突いて出た記号の意味さえも。



「原因は、僕です」



ダラーズって知ってるでしょう。ええ、そうですよね、臨也さんが知らないわけが無い。
あなたは朱雀会って暴力団とかかわりがあったそうですけど、そこまではわかりますか?そうです、その暴力団に、あなたはダラーズについての情報提供を求められたのだそうです。
正直、あなたがそれを拒否することにメリットは何もない、はずですよね。ところが、朱雀会って言うのは大半が検挙されてまして、捕まった組員からの話によると、臨也さんはダラーズについての情報提供を拒絶して、朱雀会を裏切ったのだそうです。
意外そうな顔をしていますね。僕もびっくりです。しかもそのせいで朱雀会から命を狙われ、今現在意識不明の重体なのだそうですよ。いつ死んでもおかしくない、何て新羅さんは言いましたけど・・・。
・・・せかさないでください。それでなんで原因が僕になるのか、予想はついているんじゃないですか?
そうですよね、臨也さんは頭の回転が早い人ですから、きっと、推理はできて当たり前だと思います。そうです。
「僕が、ダラーズの創始者です」
「・・・だよ、ねえ」
そんなこったろうと思ったよ、と小さく笑う臨也が、息を吐く。
「臨也さんが、僕について調べていたのは、ダラーズの絡みでしょうね。でも、僕にはわかりません」
「何で君の情報を売らなかったのか?」
「・・・売られてたら僕はきっと、今頃無事に高校生をしてないですね」
けれども、考えるほどに理由が分からなかった。どうして、命を危険にさらされてまで教えなかったのか理解できない。ネット上の折原臨也の噂なら、本当にえげつないものからささいなことまで、何度も何度も読みかえした。こんな悪人が、ただの高校生の秘密を守って得することなど何もないと、知っている。
臨也は本来、良心なんかに動かされる人間じゃない。
小学生でも中学生でも、それが面白いと判断したなら、遠慮なく壊すことのできる人間だ。だったら、それらと帝人とどこが違ったのだろう。
「・・・俺はあの部屋にいなきゃいけない気がしてた。君が入居してくることを多分知ってたんだ」
風にはためく黒いコートに、帝人はそっと手を伸ばす。届いてくれないと知っていたなら、それでも触れたくて。
「今の君の話が全部事実だったとして、俺が、恨み言なんか言う為に君を待つわけが無いだろ。分かってよ帝人君・・・俺は君を、守りたかったんだ」
「・・・え?」
「守りたかったんだよ」
それから臨也はついにまっすぐに帝人を見据え、酷く切なげな様子で眉を寄せた。
「守りたかったんだ!分かれよ、何で俺がそんな面倒なことするのかくらい察せよ!体に戻ったって、動けるようになるのなんかずっと先だろ?それじゃ間に合わないじゃないか、それじゃあ、もし万が一やつらが君にたどり着いたとき、どうやって君を助けられるんだよ!?」
「臨也、さん」
「借りに誰かに代理を頼んだとするよ?なんて言えばいい?君がダラーズの創始者だなんてことは、俺が知ってればそれでいいことだ。よしんばうまく嘘をついたとして、分かれよ、俺以外の誰かが君にとってヒーローになるなんて、そんなの許容できるわけないだろ!」
ダンッ、と鈍い音を立てて、臨也がコンクリートの足場を拳で叩く。言われた意味がいまいちの見込めないまま、帝人はただ呆然とその臨也を見返していた。
「知ってたさ、俺と話すことなんか君には害にしかならないってことだって、ちゃんと分かってた!それでも俺には言葉くらいしか君に残せるものなんか無いじゃないか!触れないなら、声しかない。この手が届くなら体温だって残せたかもしれないけど・・・っ」
だんっ、ともう一度。鈍い音が微かに帝人の耳に届く。
「・・・朱雀会は、もう、大半が検挙されましたよ」
「だから体に戻れって、いうのかな帝人君は。それが一番いいのかもしれないけど、戻ったとき俺は・・・」
目が合う。
綺麗な目だ、と帝人は思った。最初から思っていたのかもしれないけれど。この目が街を見るとき、酷く濁ることを知っている。それでも帝人に向けられるのは、いつもこんな目だったから。


「戻ったとき俺は、君を覚えていられるの?」


掠れた声が、苦しげに告げたのはそんなこと。
「幽霊になったとき、君の事だけ忘れたみたいに」
吹き付ける風に、はらはらとその髪が夜を舞う。
「戻ったとき、君の事を覚えていられないなら、俺は、何のために生き返ればいいんだよ・・・!」
触れたいと思った。
帝人は躊躇いがちに手を伸ばし、その髪に、頬に、目に。
ぎゅっと抱きしめて大丈夫だといってあげたいと思った。
この手が届くなら、もしかしてとっくに、彼は幽霊なんかやめていたのではないか。そんなことを、思う。
けれども帝人の伸ばした手から逃げるように、臨也は少し身を引いて、唇をかみ締めたかと思うと立ち上がった。
「この話は、もう終わり」
作品名:この手が届いたら 作家名:夏野