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世界の終末で、蛇が見る夢。

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*(shouko)



「他には、なにかありませんか? 関係ないと思われることでも構いませんので、井原さんが行方不明になった前後に起こったこととかでも……」
まるでテレビドラマでの警察の事情聴取のように鵺野先生はそう訊いた。
「……そう言われても……」
私もこれまたテレビドラマのような返事で、何だかおかしい。でも本当に思い当たらないのだから仕方がない。
行人さんのシャツを着ているせいで、目の前に居るのは彼じゃなく、行人さんが帰ってきたような気になる。どちらに対してのかは分からない、小さな罪悪感を抱いたまま、少しだけと自分に言い訳して恋人同志のような感覚になるに任せた。
そのうちふと、室内をさまよっていた視線がケーキを入れていたペーパーバッグで止まる。多分、和紙で縒り合せたロープの手提げ部分、その形は。
「夢を……」
「夢? どんな夢ですか?」
 なにか重要な事かと、先生は身を乗り出してきた。
「いえ、直接は関係ないと思うんですが、彼が居なくなったあと夢を見たんです。…蛇が出てくる夢を」
「蛇の夢……」
「私、彼の前にも何人か付き合っていた人が居たんですけど、その人達と……いえ、お付き合いが終わると必ず、なぜか蛇がらみの夢を見るんです」
「…必ず、ですか?」
「必ず、です。…その、私が蛇で、彼を食べたりとか、お互いに夢の中では蛇の姿でそのまま…してたり、とか……ごめんなさい、ヘンな女と思ってるでしょう」
「いえ、ちょっと…驚いただけ、です」
「いいんです、自分でも変だと思いますし。それで、本屋さんで夢辞典とか見るんですけど……どれもこれも似たようなものばかりで、よく分からなくて」
『貴方の見た夢がわかる!!』とか書かれた帯の夢辞典や夢判断の本には、何種類か目を通していた。蛇は夢に出てくるモチーフとしてはわりと意味が広く知られている方かもしれない。例えば「蛇は男性器の象徴。欲求不満の証」など。
つまりは夢を見た本人――私は、恋愛関係の悩みや、あるいは潜在的に関係を望んでいるという事になる。確かに悩んではいるけれど…でも、違うと思う。もっと違う、なにか。…何か…。
「その夢を見たとき、どう思いましたか?」
鵺野先生が問う。普通『蛇の夢』が何を意味すると言われているのか、彼ならば知らないはずがない。それでも、そこに触れないのは先生の優しさか、それとも自制心か。
これは誰にも、そう、佳恵にも、まして行人さんにも話したことはない秘密。
素直に、思ったままに、ありのままを話せばいいと、その目は語る。でも、余計に変と思われないかと少し話し出すのにためらってしまう。
不安に彷徨わせた視線が、ふいに彼に止まる。時々ひどく老成してみえる先生は、揺るがないまなざしで私を受け止めた。――大丈夫。大丈夫、彼ならば。
「…懐かしいような、気がします」
「懐かしい? ですか? その…蛇に対して?」
「はい」
「それは ええと、例えば昔の思い出、みたいな感じですか?」
「いえ……どちらかというと、……たとえはちょっと違うかもしれないんですが、中学の卒業アルバムを見て、仲の良かった人を思い出す時みたいな…それとか、もう何十年もあっていなかった親に抱くような種類の懐かしさです」
「……」
「……変ですよ、ね。昔は兎も角――実際にはわたし、いまは蛇とか苦手なんです」
「まあ……夢に関しては専門外なので、はっきりとした事は言えませんが…『夢は、ある願望――これは抑圧され、排斥されたものの、偽装した充足である』と言います。きっと、きっと何かヒントが隠されているんだと思います」
隠されているものとは、いったい何だろう。私の中には、何が隠れているというのだろうか。
「大丈夫です」
力強い声、テーブルの上で所在なげに置いた指先を包み込むように握りしめて、彼は言う。
「俺が、守りますから」

少しずつ、少しずつ。それでも目に見えて二人の距離が近づいていくのが、なんだか嬉しい。自分の過去に関しては口の重たい鵺野先生が、それらの一つ一つを大切に話してくれる。子どもの頃の話、先生の先生の話、好きになった、今は居ない女の子の話。
ああ、そんなにも悲しい思いを重ねてきたから、今こんなにもやさしい。そうして私は、また少し鵺野先生のことを好きになる。
そう、最初に比べてかなり親しくなったけれど、私は彼を未だに「鵺野先生」と呼ぶ。先生は「薔子さん」と呼んでくれているのに。
まだ行人さんのことを忘れられないから?
違う。忘れられないのではなく、忘れてはいけないと念じてるから辛うじて覚えていられるだけの話。
事実、鵺野先生に特別な感情を抱いたと自覚した日を境に、急激に行人さんの記憶が薄れていった。以前だったら忘れたとしても、新しい恋人がいるせいだと自分を納得させられる。でもそうじゃない。まだ彼は、先生は私の恋人ではない。まだ行人さんを愛している。
…愛していたという事すら曖昧になってきている私に、そんなことを言う資格はないのだけど。

最近の夢では、蛇と私の意識は、限りなく同じになっていた。
恋人と別れた後にしか見ることのない蛇の夢。いつの間にか気がついたら鵺野先生が出るのが当たり前になっていた。下半身が蛇の私と、私にからみつかれてもがく先生。私は蛇の部分で彼の体を、キリキリと骨も砕けんばかりに締め上げて、そうして両手で先生の顔を持ち上げてくちづけて――
……いや、やめて、食べたくないの。先生は、先生だけは何があっても食べてはいけない。好きだから、愛しているから。だから…食べちゃ、だめ。
もういやだ。どうしてこんな夢ばかり見るのだろう。私は一体、どうしたの? この異常なまでの飢餓感はいったい何。真直ぐ強く、それは鵺野先生に向けられている。
「食べてしまいたいくらい好き」と言う例えはあるけど、それだって本当に食べてしまったりなどはしない。「食べたい」と言うのはあくまでも比喩で、「食べたい」と思っているわけではない。
だけど、私は「食べたい」と思いはじめている。夢の中、お腹が空いたときに思い浮べるのは彼だから。いや、最初から思っていたのを抑えていただけかも知れない。
…誰か助けて。
眠るたび、夢を見る度に猛烈な食欲、飢餓感に襲われる。それははしたないなんてものじゃなく、形振(なりふ)りかまってなどいられない、狂いそうなほどの欲求、渇望。
助けて。助けて下さい、…鵺野先生。

「どうしたんですか? 先パイ。身体の調子、よくないですか?」
午前中の休憩時、化粧室ですこし落ち込んでいると、居合わせた佳恵が問う。それで、手短に鵺野先生に相談に乗ってもらっていること、夢見が悪いこと、そして最近は彼のことばかりずっと考えていて仕事に支障が出てる事を話した。
すると佳恵は大袈裟に顔をしかめて見せて、
「…いやだ、それってオノロケですか? っていうか、いつの間にお付き合いなんかはじめたんですか? んもう、先パイとあたしの仲で、水くさいですよう」
「ちがうちがう、付き合ってるわけじゃないの、ちがうの。ただ、私が勝手に、気になってるだけなの」