暦巡り
小寒 1月6日
「ふふ、これはまた随分と大きくしましたねえ、アメリカさん？」
「……ッ、あんまりじろじろ見ないで、くれよ……」
黒い瞳の内側に隠された彼の心情はまるで読めないのだけれども、どこか呆れを含んだ笑い声。
ボーンボーンと、鐘を鳴らす柱時計が夜半を知らせている。
注がれる日本の視線に耐えきれなくなった俺は、俯きがちに顔を反らした。それでも、彼の興味が俺の一点に集中していることは疑いようもなく、無防備に晒されたその部分がじんわりと熱を帯びているような気がして頬がかああっと熱くなる。
恥ずかしい。どうしようもなく、恥ずかしい。
穴があったら入りたいって日本ちの言葉はこんな気分のときに使うのだろう。
座り心地の悪さを感じて、もじもじと尻を動かす。その間も、向かい合う日本は俺から目線を外そうとしない。膝がぶつかりそうな程至近距離で、だ。いたたまれない。
やがて、ただ愛でることに飽きたのか、
「え、ちょっと……！？」
日本はおもむろにそこに手を伸ばした。
彼の手は武骨な見た目とは裏腹に、優雅な所作で戸惑う俺に迫ってくる。身をよじってなんとか逃れようとしたけれど、もう一方の手が俺の膝頭を押さえてそれを許さない。
すがる思いで「嫌、だっ……」と懇願する。しかし、掠れたその声は日本に届くことはなかった。彼は口の端をうっすらと持ち上げ、愉悦に満ちた笑みを浮かべて――
「ひっ……！」
むにょん。
摘ままれる俺の下腹。
「あらまあ、こんなに皮下脂肪を蓄えて、これから冬籠りでもするおつもりですか？」
くすくす笑いながら、日本は腹を揉みしだく。
むにっ、むにっ。
「や、ややや、やめてくれよ！」
その手を掴んで自分から引き離した。ほうっておいたらいつまでも弄りまわされそうで嫌だった。
「正月の間食っちゃ寝を繰り返していましたからね。当然の結果です」
そんなに恥ずかしいのなら、普段からきちんとした生活をおくっておくべきなのです。と、最もらしい顔で日本が言う。お説教モードに入るカウントダウンが聞こえてきそうだ。
でも、ちょっと待って。君の言い分は確かに正しいかもしれないけど、俺には納得出来ないことがあるんだぞ。小言はその原因究明が済んでからでもいいかな？ もちろん、そのまま忘れてくれても全然構わないけどね！
「日本だって俺と同じ物食べて、一緒に炬燵でだらだらしてただろ？ なんで太っていないんだい！？」
筋骨隆々って訳じゃないけど余計な肉が付いてない均整のとれた綺麗な腹筋は、以前見た記憶とさほどかわりなかった。不思議すぎるんだぞ！ これが東洋の神秘ってやつかい？
「……そうですね、私とアメリカさんの違いは主にふたつ有ります」
俺にとっては理解不能な現象だったのに、彼には不思議でもなんでもなかったようだ。
軽く握った右手を顎に当てて、日本は話し始めた。
「同じ物を食べて……とおっしゃいましたが、アメリカさんは御節もお餅もゆうに私の三倍は召し上がっていました。何度も言いましたよね？ 食べ過ぎです、と」
「う……」
だって、日本の料理が美味しいんだから仕方ないじゃないか。
「それに、私はきちんと毎日鍛練していましたよ。……クリスマスに色々ありましたから」
「え、うそっ！？ いつ！？」
「アメリカさんが昼過ぎまで寝ている間にです」
「……」
そう言われると 何も言い返せない。
「納得して頂けたみたいで何よりです」
押し黙った俺を見て、日本は満足そうに頷いた。ううっ……こっちは泣きたい気分なんだぞ。
「で、どうします、これ？」
下腹をぷにぷにと人差し指でつつきながら、「この触り心地は嫌いではありませんから、しばらくはこのままでも」なんて、日本は言うけど、冗談じゃない！
「ダイエットするんだぞ！」
ぎゅっと握り締めた拳は決意の現れ。俺が高らかに宣言すると、「……そうですか」日本は残念そうに呟いた。名残惜し気に俺の腹を見るのはやめてくれ。
背中を丸めて、両手で庇うように下腹を隠す。
上目遣いで彼を睨むと、今までのどこかふざけた態度を払拭させ、
「では、早速明日の朝食から、カロリーと油を控えたヘルシーな和食に食事内容をシフトしましょう。量もきっちり制限させて頂きます。間食はもちろん厳禁。ハンバーガーもドーナツもアイスクリームも駄目ですからね。乱れた生活リズムも戻さないと。朝は六時に起きてください」
真面目な顔で淡々と日本は減量計画を俺に告げる。説教は忘れてくれたみたいだけど、これじゃあ、あんまり意味ないよ！
明日からの過酷なダイエット生活に思いを馳せると、すごく、げんなりした気分になった。
「それから――」
「うえぇ！？ まだ何かあるのかい……って、え？」
とん。
不意打ちで両肩を軽く押され、俺は呆気なく仰向けに倒れた。日本の纏う雰囲気がまた一変する。
「適度な運動は、必要不可欠ですから、ね？」
楽しそうに目を細め、彼は俺を見下ろしてにっこりと微笑んだ。
ＥＮＤ