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暦巡り

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小満 5月21日



 通り雨が過ぎたあとの新緑はきらきらとした水滴に彩られ隅々まで瑞々しく、生命の輝きは夏本番へ向け加速していくようにも思えた。サツキやシャクナゲ、フジ、そしてハナミズキは見頃を迎え、我が家の庭はまさに百花繚乱。軒下のツバメの巣では愛くるしい雛たちが鳴いている。我先にと口を開け、ねだる様は可愛らしいが、餌を運ぶ親鳥はたいそう忙しそうだ。
 そんな初夏の風物詩に目を奪われていると、
「にほーん?」
 障子の向こうから声をかけられた。
「あ、はい。今お持ちします」
 手にしたお盆をちらりと見やる。コーラが注がれたアメリカさん専用の大きなグラス。青いストロー。かろん、と、氷が小さな音を立てる。自分がすべきことを思い出した。のんびりと庭を眺めている暇はないのだ。
 障子を開けて客間に足を踏み入れる。
 もう日は南中を過ぎたというのに敷いたままの布団。あたりには食べ散らかしたスナック菓子の袋が散乱していた。いささか眉をひそめたくなる光景ではある。しかし、あまり目くじらは立てたくない。
 うつ伏せに寝そべってゲームをしていたアメリカさんが私を見上げて「遅いんだぞ」と口を尖らせた。
「お待たせして申し訳ありません」
「すっかりのどが渇いちゃったよ」
 枕元に膝をつきグラスを渡せば、受け取ったアメリカさんは早速口を付ける。布団の上に横になったままだ。
「お行儀が悪いですよ」
 思わず嘆息混じりの小言が口を付いて出てしまった。
「じゃあ、君が口移しで飲ませてくれるかい?」
 アメリカさんはにんまりと意地悪く笑って上目使い。私はそれ以上強くでることも出来ず、気恥ずかしさにいたたまれなくなり、視線をそらし庭に向ける。雪見障子を横切るツバメの影。
「ねえ、日本。アイスが欲しいな。あと、コーラおかわり。こんな少しじゃぜんぜん足りないんだぞ」
「はい、ただ今」
 私はまるでツバメの親鳥と同じだ。せっせと子供に食べ物を運ぶ。私の雛鳥は、そう呼ぶには少々育ちすぎでしょうか。
 恋人のわがままを甘受し、空になったグラスをお盆に乗せて立ち上がる。甘やかすのは今日だけと心に誓いながら、おそらくこの決意は貫き通せないんだろうなあと頭の片隅でため息を付く自分がいた。
 カップのバニラアイスを瞬く間にふたつ平らげて、アメリカさんは上機嫌そうに傍らに座る私を見つめている。次はどんな用事を言いつけようか、うきうきと考えているに違いありません。
「日本、俺、ハンバーガーが食べたいな。チーズバーガー」
 ほら、やっぱり。
「はい、はい」
 苦笑を浮かべつつ、返事をする。
「もちろんポテトも付けてくれよ。君んちのLサイズ小さすぎるからひとつじゃ足りないんだぞ」
「はい、はい」
「シェイクもね。ついでにドーナツも。とびきりカラフルでキュートなやつにしてくれ」
「はい、はい」
「それから、キスして」
「はい、は――え?」
「キスしてって言ったんだ。今すぐだぞ」
「え、ちょ――」
 ごろりと寝返りを打ち、両手を広げ、アメリカさんは「ほら、早く」と楽しそうに催促する。断るなんて選択肢、私には元から用意されていなかった。
 布団の上のアメリカさんに横から覆い被さり、唇を重ね合わせる。触れるだけの軽いものですませようと思っていたのに、私の頭が逃げぬよう押さえ抱え込んだアメリカさんの腕がそれを許してくれない。主導権をとられたまま、しばし口づけを交わす。息苦しさが限界を迎えた頃ようやく私を解放したアメリカさんは、乱れた呼吸を整える為か、ふう、と熱っぽい吐息を吐き出した。青い瞳は艶やかに細められる。
「……ハンバーガーもドーナッツもみんなあとでいいから……しよう。したい」
 陽光きらめく昼日中には不釣合いな扇状的な誘い文句に私は目を丸くした。
 まさか、そんな。こんなことを言い出すなんて。
「……アメリカさん。あなた、起き上がれなくなるくらいさんざんおねだりしておいて、まだ足りないというんですか?」
 呆れたというかなんというか、若さって怖い。
「もっと御自愛なさい。無茶が過ぎます」
 私の腰だって、ぎりぎり限界、まさに土俵際なんですよ!?
「イヤだぞ! だって、今したいんだ。なあ、日本、お願いだ」
 そう言って、アメリカさんはいつもはきりっと上向きの眉尻をへにゃりとハの時に下げる。おずおずとした、こちらの出方を伺う気配。私を見上げる愛しい恋人。私に拒否権があるわけがない。
 ああ、もう。
 ため息とともに私はすぐに折れた。
「……本当に、しょうがないお人ですね」
 頷く私をアメリカさんはぎゅっと抱き寄せて、それはそれは嬉しそうに笑い声を立てる。「大好きだぞ」と、耳元で囁かれた甘い言葉が、私には無性にくすぐったかった。




END

作品名:暦巡り 作家名:チダ。