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愛しい物語の終わり

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月曜日


 肌寒い夜だった。大事な用件があるからと、新羅は臨也の事務所に呼び付けられた。ごく自然に迎え入れられたそこには、何故か家財道具も何もかも無くなっていた。明かりも点いていない。臨也だけが、月明かりに照らされてぽつんと佇んでいた。
 呆然とする新羅に、臨也は静かに語りかけた。
「俺を殺してくれないか?」
 臨也は、まるで他人事のように言った。また何かの言葉遊びのようにも聞こえたが、状況の異様さがそれを許さなかった。新羅は、慎重に言葉を返した。
「どうして僕が? こんなに君を殺したい奴が溢れてるっていうのに、どうしてよりによって、それを望んでいないこの僕が?」
「金ならある。汚い仕事は得意だろう?」
 ぼんやりとした表情を浮かべていた臨也は、その時だけ、いつものように悪い顔で笑った。

 臨也は、詳しい事は何も話さなかった。抜き差しならぬ状況に陥り、海外に逃亡する予定であること。目くらましに、自分の死を偽装して欲しいこと。新羅が得た情報はこれだけだ。
 事の次第を聞き終え、新羅は苦虫を噛み潰したような表情で、臨也を罵った。
「君は馬鹿だ。馬鹿だ馬鹿だと思っていたけど、本当にとんでもない馬鹿だ。よくもそんなけろりと言ってのけるものだね? ああ、面倒臭い!」
 珍しく、新羅は取り乱していた。どこかに現状を回避する方法が落ちてやしないかと、広い室内に視線を彷徨わせていた。
「ねえ、やってくれるだろう? こんなこと頼めるのは、お前しか居ないんだよ」
 臨也は、平然と新羅に追い討ちをかけた。追い詰められているのは臨也のはずなのに、まるで立場が逆転していた。新羅は、眼鏡の奥から臨也を睨みつけた。動揺の裏側で、冷え切った脳裏が依頼の工程を算段している。中途半端に伸びた髪を掻き乱した。明日にも散髪に行こうとしていたのに、予定は先延ばしになりそうだ。
「ああ、ああ、君って本当に嫌な奴だ。僕が断らないと思っているんだね? ああ、そうだとも。僕は断らない。だけど、君って本当に胸糞悪いよ」
「良かった。お前なら引き受けてくれると思っていたよ」
 ソファも椅子も、何も無い。新羅の憤りを受け止めるものは、臨也の微笑だけだった。
「でも、本当にいいのかい? そんなことしたら、戸籍も何もかも無くなるよ? もう戻ってこないつもりなの?」
 臨也は、軽く肩を竦めるだけだった。その顔は月の光に照らされて青白く、まるで幽霊のようだった。新羅はぎり、と奥歯を噛んだ。臨也は、ふと笑みを零す。
「新羅が怒ってるところなんて、初めて見た。……いや、前にも一度あったかな? どうだったっけ? ねえ、新羅」
「よしてくれ、そういう話は」
 新羅は、力なく首を振った。
「いいじゃないか。もう二度とできないかもしれないのに」
「……君って本当に、嫌な奴だ」
 鈍い頭痛を覚えながら、新羅は無理やりに唇の端を上げた。
「何度も痛い思いをしてきた癖に、ちっとも懲りないで」
「うん」
「君がこの街を離れる日が来るとは、思いもしなかったんだ」
「うん」
 ひんやりとした室内に、二人分の溜め息が零れた。本当は、もっと話さなければならないことがあるはずなのに、他愛も無い言葉ばかりが口を突いた。具体的な話をしたら、お別れの時間になってしまう。

「セルティに迎えに来てもらうといい」
 いくらか今後の話を詰めたところで、臨也はそう言った。床に座るのも憚られて、二人して壁に寄りかかっていた。
「張られてるのかい?」
 新羅が隣を伺うと、臨也は自嘲気味に微笑んだ。
「念には念を、さ」
「おいおい……」
 新羅は呆れ果てて肩を竦めた。無造作にポケットから携帯を取り出す。しかし、ボタンに指をかけて躊躇した。セルティは臨也と親しかったわけではないが、今回のことを良く思わないだろう。静雄なら諸手を挙げて喜ぶだろうか。新羅は想像してみたが、いつも通りの仏頂面しか浮かばなかった。
「どうした?」
 携帯画面を見つめたまま固まってしまった新羅を、臨也が訝しんだ。新羅ははっと顔を上げる。
「何でもないよ」
 新羅は、指をかけていたボタンを押した。セルティに迎えを頼む電話を終えると、ずるずると床に座り込んだ。
「おい、もう掃除もしてないから、汚いよ」
 臨也が眉を寄せるが、新羅は笑って首を振った。
「いいよ、もう、何でも」
 臨也は黙って新羅の旋毛を見下ろしていたが、しばらくすると自身も腰を下ろした。
「……汚いよ」
 新羅が揶揄するように言った。相変わらずの黒い洋服は、きっと埃が目立つだろう。
「いいんだ、もう。どうせ来週には死ぬんだから」
 臨也は暢気に笑みを浮かべたが、新羅は思わず顔を歪めた。おおよそ一週間。新羅が丁度良い死体の都合を付けるために、提示した期間だ。恐らく、誰だか分からないように傷める必要があるだろう。猟奇的な想像は、あっという間に現実になって迫ってくる。
 しばらく、二人は無言で座り込んでいたが、不意に新羅が尋ねた。
「……ねえ、臨也。本当は何があったんだい? どうせ最後だ。教えてくれないか?」
「……」
 臨也はちらりと新羅を見た。唇が何か言いたげに動いたが、結局、曖昧な微笑に覆い隠された。
「お前も気を付けるといい。事情は分かってるけど、いつまでもそんな仕事してちゃ、今に俺みたいになるよ」
「僕は大丈夫だよ。セルティがいるもの」
「そうか。それじゃあ、セルティが俺みたいになるよ」
「何だって?」
 新羅は驚いて聞き返したが、チャイムの音が響いて会話が遮られた。セルティが着いたようだ。臨也は埃を払って立ち上がり、新羅もそれに倣った。黙ってエントランスを解錠する臨也の後ろ姿に、新羅はふと尋ねかけた。
「ねえ、ちょっと殴ってもいいかい?」
 臨也が振り向いたところに、新羅は慣れない拳を振るった。手が痺れた。
 臨也は壁に背をぶつけたが、大したダメージは無いようだった。殴られた頬を押さえて、臨也は静かに笑い声を漏らした。
「新羅、全然駄目だよ」
 臨也につられて、新羅も笑った。
「知ってるだろう? 僕、こういうのはからっきしなんだよ」
 新羅がおどけてそう言うと、臨也はいよいよ肩を震わせた。
「知り合いに喧嘩の上手な子がいるから、紹介しようか?」
「いやいや、そんな子怖いよ。遠慮する。第一、君がパルクールとやらをちょっと教えてくれた時だって、僕はてんで駄目だったじゃないか」
 臨也はその時のことを思い出したらしく、いよいよ声をたてて笑い出した。頬を紅潮させて、息も絶え絶えだ。新羅も似たようなもので、腹を抱えてその場にしゃがみこんだ。
 笑い声を聞きつけて、セルティが開いたままだった玄関から入ってきた。臨也は片手を上げて、辛うじて挨拶の形を取ったが、新羅は声も出なかった。セルティは笑いこける二人を前にして、何がそんなに楽しいんだと、愛用のヘルメットを傾けた。

 ――――――いいやセルティ、楽しいことなんて何もありやしないよ。


作品名:愛しい物語の終わり 作家名:窓子