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さらんらっぷ
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歓喜の歌は己が為に響かせる 後編

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 鋭い、風を切り裂く音。その正体をその男は確実に受け止め、いなした。入学と入部と共に、レギュラー入りを果たし、キーパーの王と呼ばれる程の実力を見せ付けたその男。源田はまさにキーパーの申し子のようだった。まだレギュラー入りを果たせていなかったあの頃、源田は同級生にも関わらず巨大な壁のように見えた。そして、そう恐れた自分を恥じた。
 ようやく俺がレギュラーの座を勝ち取り、大会を活躍する傍ら、鬼道さんから指名を受けて参謀となった。初等部の時だって、彼の隣で俺は頑張ってきたつもりだった。また、ようやく一緒にサッカーできる。そう思ったときには、彼の隣にあの源田がいた。
 心底、違うポジションでよかったと思う。もし、彼がフォワードで総帥からの推挙で活躍していたのなら、俺は発狂していたに違いない。何も努力せず、ただただ自分の赴くままのプレイで活躍できるだなんて、不公平だ。
 しかし、今、一人で黙々と練習を続ける源田に、そんなスマートさはない。乱発されるボールがグラウンドに転がり、何度も転倒して擦り切れたのであろう傷も数多。
今の源田はまるで、何かを振り切るかのような練習をしていた。
「――源田!」
様子を見ているだけのつもりだった。でも、そんな練習は見ていられなかった。
「どうして、ここに。」
「居ちゃ悪いのか?」
源田は返事をしない。練習相手の代わりをしていた、ボールを飛ばす機械のスイッチを止めて、ボールを片付け始める。
 「こんな練習しても、上手くならないぞ。」
「そんなこと知ってる。」
荒げた声。怒気も含まれていた。俺は思わず眉を上げた。
「なら何故、こんな無駄なことをしている。」
「――誰だって、我武者羅になりたいときはあるだろう。ほっといてくれ。」
大よそ、普段の源田らしくない。いつものあのニコニコ顔も今は存在していないかのようだった。傍にあったボールを持って、それを源田に向かって足で打った。
 源田は持ち前の反射神経で反応し、そのボールを抱き込んだ。
「……佐久間にはわからないさ。」
「ああ、わからないだろうな。だいたいにして、お前がそんな状態になってる原因もわからない。」
「――何も、できないからだ。」
今度は首を傾げた。おかしい、俺の源田の定義と違う。源田は何でもできる嫌な奴だと思っていた。普段、にこにこしているのも余裕の表れだと思っているところがあった。サッカーでは入部と共にレギュラーになり、成長にも恵まれている。鬼道さんの隣にも居るというのに、こいつは何が不満だというのだ。
「俺にはサッカーしかない。サッカーしかできない。」
「ならいいじゃないか。お前はサッカーをやるためだけにここに来たんだろう?」
「それならどうして俺はサッカーをやらせてもらえないんだ。」
俺はますます意味がわからなくなってしまった。
「俺はオーケストラのことだってよく知らない。ドイツ語なんてわからない。だけど佐久間は何でもできる。鬼道に頼られてる。部員にも頼られて、いつも練習に付き合っている。俺は佐久間のように何も知ってるわけでもできるわけでもない。鬼道にはいつも迷惑をかけてばかりだ。みんなにだって……。」
少しずつ源田の言ってることを噛み砕く。まず、源田は俺を万能人だと思っているらしい。これは笑える話だ。俺は源田を万能人だと思い込んでいたからだ。サッカーはできるし、料理はできるし、鬼道さんには頼られているし(本人は自分が迷惑をかけていると感じているらしい)、学校での人気も人望もある。完璧な人間――だが、本人はそう思っていない。俺も、源田も。
 「お前は、俺に追いつきたいと言っていたな。それはつまり――俺のように何でもできる奴になりたいってことか。」
今のところ、俺=何でもできるだと解釈して間違いないだろう。さっき本人が言ったんだ。本意かどうかはわからないが。すっかり大人しくなった源田に近づく。言いたいことがまとまらないのか、口をもごもごとさせていた。なんでこんな奴のことを始めて見たとき恐れたのだろう。
「何でもできるってのと、サッカーがさせてもらえない――ってぇのはよくわかんなかったけど。俺はそこまでご立派な人間じゃないぞ。立ててもらえるのはありがたいが、自分をあまり卑下すんなよ。お前は帝国のキーパーなんだぞ。ここで、構えてもらわなきゃ俺たちは困る。」
「でも、俺はそれが……。」
「できてるだろ?俺は試合中にお前を見たことが無い。キーパーのお前がいるから後ろは大丈夫だと思って、俺たちは攻撃できる。キーパーがお前だから何も心配しないで攻撃しているんだ。だから、俺たちはお前を見ないで済む。つまりは攻撃されずに済むってことな。」
もし、惰弱な守りであれば俺たちは攻められたときのことを恐れる。そして、恐れは焦りとなりプレイを失敗させるだろう。俺はキーパーとしての源田は買っているつもりだ。でなければ、源田自身、キーパーの王なんて大それた称号は頂けないだろう。
「別にオケでもドイツ語もわかんなくても、俺たちはお前がここに、立って、胸張って、守ってもらえればそれ以上はいいんだ。後はそうだな、俺たちに攻撃を任せる気概があればいい。キーパーは守るのが仕事だからな。」
もう言いたいことは全部言ったと思った。源田は反応を見せてくれず、俺が蹴ったボールを抱えたまま俯いていた。


 リハーサルの日、二日程ぶりに源田を見る。あの日から昼食を食いにいくことはやめていた。あの昼休みのとき、とくに源田が反応を見せてくれなかったし、昼食を食いに行っても居心地も悪いからだ。
 合唱団用の雛壇に登る源田の様子は普段どおりで、周りの生徒と談話していた。目線がとくに合うこともなくリハーサルは滞りなく行われた。源田の様子も見に行きたかったが(帝国の参謀として)、この日はその暇はなく、最後の追い込みの練習でヘトヘトになるまで演奏尽くしだった。文化部は運動部と比べて体力はそんなに使わないが、局部的に身体は使うし同じ場所同じ位置にずっと居っ放しのためか、大変に精神をすり減らしてくれる。家に帰った途端、寝てしまったことには大変、憤慨している。
 そして本番の日を迎えた。午前中に本番とは逆順のプログラムでゲネプロを行い、それも終わる。あとは一回、演奏して終了だ。ホッとした気持ちで講堂を出て、隣の建物に移動する。昔の教室らしいが、まるまる控え室として利用されていた。板張りの廊下を歩いて、二階に上る。弦楽器用の控え室に入り、ヴィオラ指定の場所に俺の楽器も置く。
「佐久間君、これプログラム。あと、昼食はこの建物の中でもいいし、お客様の目につかない場所だったらどこでもいいわ。」
音楽部の先輩から今日の曲目や、指揮者、ソリストの紹介、協力してくれたOGOB、そして俺たち生徒の名前が書かれた冊子が渡される。ヴィオラパートの生徒から一緒に昼食を食べないかと誘われるがやんわり断り、昼食の入った袋を持って教室の外に出ると、先日、大変に荒れていらっしゃった人物がいた。
「お前、よく俺のこと待ち伏せしてるよな。」
「佐久間も相変わらず購買の昼食か?」
源田の手には、風呂敷に包まれた弁当があった。