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鵞鳥のヘンゼルと魔女のグレーテル

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グレーテルの葛藤と妖精の助言。そして預言者の戯言





 セルティ・ストゥルルソンは、愛馬を路肩に止めてひたすら相槌を打っていた。
 つい先程まで僅かに光りを残していた太陽も相手の話を聞いている内にすっかり没し、濃紫の空から藍色へと変わった空は、しかし煌々とした街の明かりのせいで微妙に白んで見える。
(いつの間にか随分と時間が経っていたんだな)
 記憶喪失の身であるため過去の記憶こそ曖昧だが、それでも伊達に長い時を生きているわけではない。時の経過を感じる感覚は人間に比べて随分と緩やかなものだったが、最近ではすっかりその人間と同じになっているとセルティは感じていた。
(これも、新羅と過ごすようになったせいだな)
 今の時分は自宅で己の帰りを今や遅しと待ってくれているだろう恋人を想ったセルティは、胸の奥からじんわりと温まる気持ちになり、ついで少し気恥ずかしさを覚えた。
「おい、セルティ?」
 ネコ耳を模したようなヘルメットの、顔でいえば頬にあたる部分を手の平で押さえたセルティに、不思議そうな呼び声がかかった。
(あ、マズイ。話を聞いてたんだった!)
 我に返ったセルティはPDAを取り出し素早く文字を打つと、すぐさまそれを自分よりも高い身長の相手に合わせ、掲げて見せた。
『すまない静雄、何でもないから気にしないでくれ』
 ヘルメットをふるふると左右に振って見せながら態度でも示すと、それまでセルティが話を聞いていた相手である静雄は「そうか?」と小首を傾げた。
「いきなりそんな所を押さえっからよ、てっきり歯でも痛くなったかと思った」
『いや、痛くなりようがないから』
 首から上がないのに歯痛を感じられるわけがない。セルティは失笑するような気持ちでツッコミを入れた。
 そりゃそうか、と今更のように気づいたらしい静雄に、そうそう」、と頷く。何とものほほんとした雰囲気だ。
『歯が痛いといえば、私よりも帝人君の方がよっぽどそういう危険性が高い気がするけどな』
「――りゅう、がみね・・・・・・」
 途端、それまで穏やかだった静雄の表情に少し陰が落ちた。
 セルティはそんな静雄を不思議に思いながらも、文字を打ち込み続ける。
『だって、静雄が毎日のようにお菓子をあげているんだろう? 虫歯が心配だな。まぁ、きちんと歯磨きとかしてそうな子だけど』
「あー。そう、だな・・・・・・」
 今度は、静雄が上の空になる。
(きっと帝人君のことを考えているんだろうな)
 鍋パーティーをして以来、静雄と出会せば彼から帝人の話が語られるようになった。セルティとしては意外な組み合わせだったが、静雄が帝人のことを語る時の穏やかでやわらかな表情から察するに結構うまくやっているらしい。 
 デュラハンであるセルティをあっさり受け入れた帝人のことだ、静雄にもそうだったのだろう。
(友情の輪が広がるのは良いことだ)
 しみじみと頷くセルティである。
 最近では、静雄が帝人にお菓子をあげるようになったらしい。何でも、最初にあげたものがホイップクリーム入りあんぱんとカフェオレで、その手のものを静雄が愛好していることもあり以降もコンビニや洋菓子店のデザート類から駄菓子など色々なお菓子を渡すことにしたのだとか。
 竜ヶ峰には甘くてやわらかそうな物が似合うから、というのが静雄の言い分である。
 最初に聞いた時は驚いたものだったが、静雄は案外面倒見が良いから、一人暮らしの帝人を思ってのことなのだろうとセルティは理解していた。
 ――――しかしそれと時を同じくして、少しだけ静雄の様子がおかしくなった。
 それまでは帝人のことを話題に上げても、せいぜい話した内容についてぽつりぽつりと言うくらいだった。それがここ最近は話のメインが帝人。しかも、それを語る静雄の表情は何となく仄暗さを感じさせる。
(ケンカしたってわけじゃなさそうだしなぁ)
 きっと、男同士の友情は複雑なのだ。しかも静雄と帝人はある程度年が離れているから、色々と意見の食い違いや価値観の相違もあるのだろう。
 一番近い異性である新羅が形成する友人関係を「男の友情のテンプレート」だと認識しているせいなのか、セルティはこういう友情も在りだろうと寛大な解釈をした。
 それを正す人は残念ながらおらず、その解釈に納得していると、
「・・・・・・俺は、自分勝手だ」
 静雄の声が明るい夜の街に不似合いなほど陰鬱とした響きをもって落とされた。
 随分と意気消沈している様子の静雄の言葉に、セルティはヘルメットを傾げた。そんなセルティの様子に気づいていないかのように静雄は言葉を続ける。
「あいつ、いつも最初は俺がやるものを受け取ろうとしねぇんだ。なのに俺がいつも強引に渡して・・・・・・。でも俺は、竜ヶ峰にデカくなってほしい。けど、結局それは俺の都合でさ」
(静雄?)
「でも、俺だって耐えてる。あいつがデカくなるまで待ってるんだ。ブッ壊さない、ために・・・・・・」
 随分と物騒な台詞が出てきたが、セルティは何と打つべきか分からずPDAに意味もなく三点リーダーを打ち込んだ。すると、静雄はすぐに「けどよ」と戸惑いと焦燥を織り交ぜたような言葉を紡ぐ。
「じゃあ、俺はどれだけ待てばいいんだ? 待てると思ってた、いや今も思っている。違う、そうじゃなくて、・・・・・・待つんだ。待たなきゃならねぇ。だから毎日会って、確認して、まだまだ小っせぇって分かって、抑えて耐えてるのに・・・・・・」
 ――そろそろ、限界だ。
 そう呟いた静雄の苦しい心の内を聞いた瞬間、セルティは肌が粟立つのを感じた。ドロリと凝りかけた獰猛な感情。それが静雄の言葉に滲み出ていたのだ。
(本当に、何があったんだろう?)
 今までも何度か訊いたことはあるが、ハッキリとしたことが分からない。できることなら静雄と帝人の間にたって仲を取りもってやりたいが、どうにもそういうお節介が許される雰囲気ではなさそうだ。
 セルティは何か掛ける言葉がないかと考えて、ゆっくり文字を打ち込み始めた。
 そして、俯く静雄の肩をトントンと軽く叩く。
「セルティ?」
 途方に暮れた子どものような表情と、しかしその表情には余りに不釣合いな飢餓を訴える獣のような雰囲気を纏う静雄に向けて、セルティは画面を見せた。
『えーと、いまいち現状を理解できていないのに言うのもなんだけど、とりあえず言えることは言っておく』
「言えること?」
 疑問符を浮かべる静雄にセルティはコクリと頷くと、再度打ち込み始めた。
『帝人君は、静雄が思っている程ヤワじゃないよ』
 もう暗いというのにサングラスを外さない真っ暗なガラスの向こう。パチパチと静雄が目を瞬いたのがセルティには分かった。
「でも、手が・・・・・・心臓が小っせぇんだ」
『心臓?』
「あぁ、触ったり握ったりすれば壊しちまう」
 だから、あの時も手を握ることはできなかった、と静雄は遠くを見ながら呟いた。