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鵞鳥のヘンゼルと魔女のグレーテル

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ヘンゼルの溜息とグレーテルのお菓子。そして預言者の出現






 池袋は広い。
 地理的な観点でいうのであれば、狭いという言葉の方がふさわしいかもしれないが、人と人が何の約束もないまま出会おうとするには、池袋はあまりに広く、そして何より人が多い。
 だというのに――。
「おい、竜ヶ峰!」
 今日もまたあっさりと見つかってしまい、帝人は思わず溜息をついた。
 背後から聞こえてきた低くて少しだけ荒れてはいるけれど通りの良い声。それが誰なのか、振り向かずともわかる。
「・・・・・・静雄さん」
 そろそろと振り向けば、案の定、バーテン姿が板についた池袋最強と謳われる男がそこに。
 人の往来が激しい中でも目立つ姿と他の人より頭一つ分ほど突き出した身長は、常であれば見つけやすくて良いと思えるかもしれないが、あまり積極的に会いたくない今に限って言えば中々に不便だということを、ここ最近で帝人は知った。
 大きな体で人波をかき分けるのは苦労しそうだが、静雄はそんなのは物ともせず人と人の間をスイスイ抜け、あるいは「平和島静雄」を知る者にあからさまに避けられながら、すんなりと帝人の元まで辿り着いた。
(今日は会わないかもしれないって思ってたのに・・・・・・)
 帝人は、思わず長くて重い溜息をつきそうになった。
 しかし、出会って早々に溜息をつくなんていくら何でも失礼だ。慌てて空気の塊を飲み込む。無理矢理飲んだせいで重い塊が喉を圧迫しながらグルグルと落ちていき、その不快な感覚に眉をしかめかけるが、グッと堪えた。
「竜ヶ峰?」
「あっ、いえ! なんでもないです」
 人の行き交いが激しい中を立ち止まるのもなんだからと二人は揃って歩道の端、店の壁際に寄ることにした。
 そうして一心地ついたところで、帝人は静雄に向き直るとペコリと頭を下げる。
「こんにちは、静雄さん」
 静雄を見上げた拍子に目に入った空。ビルを茜色に染め上げていた真っ赤な夕日も沈みかけ、淡い桃色と紫色とが深く混ざりあったそれを見て、もしかして「こんばんは」の方が適切だったろうかとも思ったが、言ってしまったのだからもう遅い。
 静雄は、帝人のそんな取るに足りないといってしまえばそれまでの葛藤など知る由もなく、「おう」と頷いた。
「あー・・・・・・、元気か?」
 まるで、会話のない親子間で久しぶりに交わす言葉のようなぎこちなさで静雄が訊ねてきた。帝人は苦笑を浮かべながら「はい」と首肯する。
「おかげさまで、昨日と変わりなく元気です」
「そうか・・・・・・。――じゃあ、ちゃんと食ってるか? デカくなってるか?」
「はい、食べてますよ。大きくなってるかは・・・・・・、実感ないですけど、大きくなってることを祈ります」
 昨日も、その前も、その前の前の前の前の(以下省略)――とにかく、ほぼ毎日同じやりとりを繰り返しているのだ。
 だから――、
「なら良い。・・・・・・で、だ」
 次に静雄が取るだろう行動もわかる。
(あ、来る・・・・・・!)
 帝人は、ファイティング・ポーズを構えた。もちろん、心の中で。今日こそ負けないぞ、という帝人なりの気負いである。もっとも、今までの勝てたためしなどないのだが。
「これやる。食え」
 そう言って、静雄は手にしていたコンビニ袋を差し出した。
 白いビニール袋の中に具体的に何が入っているかはっきりと見えはしないが、それがどのような物であるかは検討がついている。
「え、遠慮します・・・・・・。いりません!」
 今日こそ! と意気込むあまり裏返った声を出しながらも、帝人はきっぱりと断った。
 僅かに静雄の眉が寄せられる。負けじと帝人も眉をキュッと寄せて対抗した。怒ってるような、困ってるような、あるいは泣きそうな表情だ。帝人は最近ずっとその表情を静雄に見せている。帝人としては、彼にそんな表情を見せたくはないのだが、原因は静雄にあるのだから致し方ない。
 しかし静雄は帝人のそんな言葉や表情に慣れた様子で、無言のまま帝人に袋を突き出し続ける。
 暫し、睨み合い。
 それは同時に、好奇あるいは不審そうな視線にどちらが耐えられなくなるかの根比べでもある。
 いくら道の端に寄ったとはいえ、バーテン姿の男と学制服をきっちり着込んだ少年というアンバランス極まりない二人が、ひたすら無言のまま睨み合いを続けて動かずにいるのだ。どうしたって人目を引くに決まっている。
 突き刺さる視線。「アイツ『平和島静雄』とやりあうのかよ、何者だ?」「え、何? かつあげ?」「あの子何したの?」「あの制服って確か来良だよね」など、ヒソヒソ交わされ細波のように押し寄せてくる言葉の数々。
 それに居た堪れなくなって心が折れるのは、いつも帝人の方だった。
「・・・・・・あ、ありがとう、ござい、ます・・・・・・」
 インスタントラーメンが食べ頃になる位の長い時間を費やした結果、帝人がガクッと肩を落として静雄にお礼を言った。敗北の言葉である。
 一方、静雄は満足そうに「おう、遠慮すんな」と一言。事実上の勝利宣言だ。それは、もうすっかりいつもの応酬と化してしまい、帝人は大変不服だ。
「お前な、いい加減すんなり受け取ったらどうだ?」
 静雄が呆れを隠しもせず言った。
 確かに帝人は毎回毎回律儀に断るが、結局は根負けして受け取ってしまう。不毛といえば不毛なことだ。静雄の言うことにも一理ある。
 しかし、帝人にとってはそういう問題ではないのだ。
「ダメです! それに僕、いつもお断りしてるじゃないですか」
「それは俺が認めねぇから、却下だ」
「そ、そんなぁ・・・・・・」
 すっぱり言い切った静雄に、帝人は情けない声をあげた。
「おら、早く受け取れ」
「は、はい・・・・・・」
 急かされて、不承不承ながらも帝人が静雄の手から袋を受け取る。と、その瞬間、静雄と手が僅かに触れ――――
「っわ、悪ぃ!!」
 大げさなまでに慌てた声と共に、触れた手がバッと離された。帝人が袋を握っていたから良いものの、そうでなければ今頃は袋ごと地面に落ちて中身はグチャグチャだ。
 まるで、静雄が帝人との接触を嫌がるような仕草(少なくとも帝人は、紛れもない拒絶だと認識している)。――これも、よくあることだ。
 帝人は、うんざりした気持ちでグッとこみ上げるものを深く静かに息を吸って吐き出すことで何とか落ち着かせながら、首を横に振って気にしていないことを伝えた。
「いつもすみません。いただきます」
 気まずげな空気を誤魔化すように、帝人が少しばかり無理に微笑んでみせれば、静雄はあからさまにホッとした様子をみせた。
 そうして静雄は少し視線を逸らして、まるで何かに耐えるかのように帝人にほんの僅か触れた手を握り締めた後、スッと帝人と視線を合わせる。もっとも、西日も刻一刻と傾き、茜色から紫の色が強まりだした刻限においても変わらずサングラスをかけたままのせいで、帝人が静雄の目を見ることはできなかったが。
 視線が合った後、静雄の口から紡がれる言葉を帝人は既に知っている。
「・・・・・・早く、デカくなれよ」
「はい・・・・・・」
 いつものやりとり。そして、これが、静雄が帝人の元を去るきっかけとなる言葉だった。