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いつか愛になる日まで

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笑顔だったが、目は逃げることは許さないと言っていた。それに気圧されたわけではないが、何かを考える前に肯定していた。
「えぇっと、あの、はい。言いました」
「なんでラブなんて言ったんですか」
 二人は見つめあったまま黙った。
 ラブについて自分から言葉にしないことが卑怯であることはわかっていても、20も後半になって大真面目に男と恋愛することに躊躇している。それにこの人だって、あんなに軽く「ラブですよ」なんて言ったんだ、本気かどうかわかったもんじゃない。
 そう思いながらもカカシの目は冗談ではないと信じられる何かがあり、真剣に自分と向き合っていることをイルカは理解していた。理屈じゃない。人が人を好きになることは太古の昔から決められているのだし、それを察知できるのは本能だ。
 イルカは何度も唇を舐めた。緊張していた。ここで一言、口にすればすべてははっきりするのに、その一言がどのような結果を生むのか26にもなって恐れていた。わかっているけど、わかってないような気もする。10代の頃は恋愛において怖いことなどなく、うまくいこうがいかなかろうが真正面からぶつかっていたのに。
いつの間にか熱のこもっている視線が痛い。
「そうやって、赤い舌を見せるのはおよしなさい」
「えっ」
 ふいにカカシがいつものようににっこりと笑った。途端にセクシャルな雰囲気は霧散し、カラリと晴れた日のような健全さが戻ってきた。気のせいか部屋まで明るくなったように感じる。
「すみません。少し意地が悪かったですかねぇ。あなたが困っている姿を見るともっと困らせてしまいたくなるんです。はは、性格、悪いでしょ?」
 カカシはゴロンと天井を見据えるように仰向けになり、頭の下で腕を組んだ。ホッとしてイルカも仰向けに転がる。
「ひとつ、話をしましょう。少し長くなりますが」
 左手首にはめていた腕時計を見てカカシは「今年中には終わらせますよ」と言いながら、また頭の下で腕を組んだ。イルカが壁の時計を見ると11時を過ぎたところだった。
 いろんなことがあった今年もあと1時間で終わる。1年前の自分は銀髪上忍とまさかここまで親しくなると想像もしていなかったし、この人をこんなに大切にしたいと思うなんて考えもしなかった。
「暗部だった男の話です」
 カカシは許可を求めるようにイルカに目をやり、頷くのを見てから話しだした。
「彼は忍になるべくしてなったというような秀でた才能を持っていて、あっという間に暗部になりました。暗部は自分以外の暗部の顔を知りません。任務のときは必ず面をつけますから。馴れ合うのを避けるためでもありますし、うっかり声をかけないためでもあります。相手がどのような任務についているかわかりませんからね」
 イルカが暗部についての話を『元・暗部』とはいえ、関係者から聞くのは初めてだった。
『ほんとはいなかったりして』と酒の肴になることもあるくらい暗部の実態については謎だ。報告書が出ていたり、火影が存在を認めているのだから、いるはずなのだが人物は特定できないし、何をやっているのかもわからない。噂だけが一人歩きしていた。
「暗部は能力的に優れた者が選抜されますが、そこでも彼は異彩を放っていました。体が育ちきっていないことがわかるくらい若かったんです。初任務のときは他の暗部たちに嫌がられました。任務内容はいつでも厳しいものと決まっていますから、仲間がヘマをすれば自分の命がなくなります。ですから実力のわからないルーキーはいつでも不信がられます。特に彼は体格からして子供だと明らかでした」
 カカシさんのときはどうだったんだろう。この人だって初任務はあったはずだし。そう思いながらカカシをうかがうと天井をジッと見つめていた。
「それでも火影の命令は絶対ですから任務は遂行されました。結果、彼は負傷した仲間を闘いのさなかから連れ帰り、そのうえ敵の一人を幻術にかけて連れてきたんです。そのおかげで、木の葉はその国の忍の組織について相当深いところまで知ることができました。これで一気に彼は暗部たちの信頼を得て『凍夜』と呼ばれるようになりました。単に初任務が凍えるように寒い夜のことだったからです。暗部は本名を名乗りません。理由は顔を隠すのと同じです。互いを通り名で呼び、それは仲間に認められたときに仲間からもらうものでした」
 イルカはカカシに『あなたは何と呼ばれていたのですか?』と聞きたくてたまらなかったが黙っていた。聞いていいことと悪いことの区別くらいはつく。この話だって本当は外部にもらしてはいけないことなんだろうと思う。それを話しているカカシに調子に乗って無茶なことは言えなかった。
「さて、凍夜のことを詳しくお話しするにはある国の『格子』の話をしなくてはなりません。ちょっと脱線しますが聞いてください」
「格子?」
 カカシはチラッとイルカを見て、イルカが不思議そうな顔をしているのを知ると「娼妓のことです」と言った。
「彼女たちにも階級がありましてね、一番高級なのは『太夫』、その次が『格子』」
 カカシはなんでもないことのように言ったが、そんな世界に関りを持ったことのないイルカは改めて上忍と中忍の差を知らされた気がした。
「その女は5つで売られてきて、15で客をとるようになりました。器量も芸の覚えもよかったんですが、なにぶん内気で客との相性が難しかったため万人受けはしませんでした。そんなんですから馴染みの客も少なかったようです。でも一人ひとりがお偉いさんだったり金持ちだったりでね、店にとって彼女は大事な娘でした。彼女は27で病没するんですが、その3年前24歳のときから話をしましょう」
 いつかのようにまたよくわからない話をされていると思った。『凍夜』のことといい、どこかでカカシさんと関ってくるんだろうか。
「そのころには彼女の美貌は庶民の口に上るほどで、贔屓の客もつき店に利益をもたらして順調に娼妓としての生活を過ごしていました。安くはない女ですからそんじょそこらの男は姿も拝めません。しかし、あるとき、他国の忍たちが遊び半分で覗きに行ったんです。正面きって入るのは時間がかかるので明け方を狙って5,6人が忍び込みました」
 金を払えばいいってもんでもないですからね、ああいうところは、とカカシは言った。
「彼女は感覚が鋭い性質だったのか偶然か、忍たちが室内に入ってすぐに目を覚ましました。同衾していた男を守るように起き上がり、居並ぶ男たちを無言で睨み付けたそうです。手には小刀まで持ってね。素晴らしい美貌だったと聞いています」
 第三者のように話していたが、美しい黒髪を持っていたのに瞳は灰色がかっていてミステリアスな雰囲気の女でした、と言ったからにはきっとカカシさんも会ったことがあるに違いない。
「男たちは騒ぎを起こしたいわけではなかったのですぐに立ち去りました。面白半分に行っただけですからね。どちらかと言うと女はおまけでした。自分たちの国の太夫のほうが美しいと結論づけたくらいです。彼らは単に警備の厚い娼館に忍び込むことのほうを楽しんでいました」
 淡々とした口調でカカシは話を続けた。
作品名:いつか愛になる日まで 作家名:かける