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もみのき そのみを かざりなさい

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ふくろう なぞを ときなさい



 毛布が好き
 枕が好き
 ベッドが好き
 
 リーマスはころんと寝返りを打った。

 カーテンから漏れる朝の光は好き
 とおくに聞こえる鳥の声は好き
 
 す、と空気を吸い込む。目を開けるには、まだ早い。毛布を掴んで引き上げ、その柔らかな繭に閉じこもる。鳥の声は淡く、誰かの足音が近付いては遠ざかる。中途半端で投げ出された夢がリーマスを呼んでいて、それに応えるために彼は身体をまるくした。背中から夢に溶けていく瞬間の、無上の幸福。体温と同じ温度を持つ液体に身体を浸すような安らかさは、きっと母親の胎内にいたときから知っている。不可侵の神聖性さえそこにはあるとリーマスは思った。差し伸べられた暖かい手をいまにも掴もうとした。そのときに。

「いつまで寝てんだ起きねーかこら!」

 リーマスの無上の幸福は無惨に打ち壊された。
 朝の光は好き。
 鳥の声は好き。
 朝が嫌いというわけではないのだけれど、
 しかし、
 眠りから意識を引き剥がす彼の声は、

「……ひどい…」
「なにが」

 もうちょっとで夢に戻れたのに。睡魔とがっちり抱擁を交わして、しあわせなひとときを過ごせるところだったのに。シリウスの声は不可侵のはずの敷居をひょいとまたぎ、睡魔の手をなぎ払ったうえ足蹴にし、リーマスの手を取ってぐいと引き寄せた。
 彼の望むと望まざるに関わらず、だ。
 リーマスは枕を抱いて、そこに顔をうずめた。

「…ぅよ…だ…っみし……れ」
「あっはっはーなに言ってるかさっぱりわかんねえー」

 精一杯の抗議は、彼には全く通じなかったらしい。さっさと切り捨てて、彼はけたけたと笑い始めた。
 しかしまあ、ろくに口も開けずに喋ったのだから、通じなくても当たり前なのだ。自分の耳に届いた音さえ、言葉の形を成してはいなかった。リーマスは喋るのをいったんやめ、しかしやめてしまうとやっぱり枕が恋しくて、柔らかなその体をぎゅうと強く抱いた。ふかふかと枕は優しくリーマスを受け入れてその頬を包む。

「往生際の悪いやつ。起きろって」
「いやー」
「いやーじゃねえ。朝飯食いっぱぐれるぞ!」

 朝飯、という魅惑的な単語に少しだけこころが揺れて、リーマスは薄く目を開けた。カーテンはいつのまにか開けられ、大きな窓から朝の光がさんさんと降り注いでいる。窓の向こうにはきんと凍った空気が流れる。空は金色を帯びて光り、地上に覚醒を促す。そこにあるのは正しい朝のありよう。
 しかし、促されて、なお。

「ねむい」

 往生際が悪い、それの何が悪い。ようやく開けた目を再びとろとろと閉じようとすると、きゅっと鼻をつままれた。

「いたい」
「痛くしてるんだから当然。起きろ。」
「ひどい」
「ひどくない」
「ねむい」
「単語で喋るなよ」

 くくっとシリウスは笑い、やっとリーマスの鼻を解放して、毛布の上から肩を叩いた。余裕すら浮かべて彼はリーマスを見下ろしている。睨み付けてやろうかと思うが、寝ぼけた瞳ではちっとも効果はなさそうだ。薄目のまま、それでも頑張って抗議の意志を視線に乗せた。彼は身支度を整え、余裕綽々といった様子で立っていたけれど、よく見ると耳の後ろで髪がぴょこんと跳ねていた。余裕綽々自信満々な顔つきだけに、それがとても間が抜けて見える。おかしくて、リーマスは薄い目をさらに細くしてくすりと笑った。
 途端、怪訝そうにシリウスが笑顔を引っ込めた。

「なんだよ」
「おしえない」
「教えろ」
「いや」
「起きろ」
「いや」
「毛布ひっぺがすぞ」
「いや」
「反抗期かよ。困ったちゃんめ」

 さして困った様子もなく、シリウスがぼやく。 

「お前なあ、毛布の国の王子様のまんまじゃ、朝飯は出てこねーんだぞ?」
「朝ごはんはいらないよ。ぼくは毛布の国の王様になるんだ」
「つまんねえ野望語ってんじゃねえ」
「君が言いだしたんじゃないか」

 毛布の国の王子様はその王国の象徴たる毛布の端をしっかりと掴んで離さない。シリウスは呆れて溜息を吐き、それを見てリーマスは、そうだ、と呟いた。

「君も毛布の国の住人になればいい」

 堅牢な城壁の小さな扉を開けるように、リーマスは毛布の端をひょいと持ち上げた。

「ほら」

 毛布を持ち上げると、体温で暖められた空気がするりと逃げだした。かわりにひやりと冷たい空気が入り込む。ああやっぱり寒い。だから冬の朝はいつまでも毛布と仲良くしていたいのに。さっさと着替えないからだとシリウスはいつも怒るけれど、着替えるためにはこの暖かい王国から出ないといけないじゃないか。そんな怖ろしいこと、簡単に口にするなんて。シリウスもこの国の良さを体感すれば、そう無下に早く出て来いなんて言ったりはしなくなるに違いない。いっそみんなが毛布の国の住人になればいいんだ。朝ご飯も授業も全部毛布の中でやればいい。ああ、なんてしあわせな計画。うるわしきブランケットキングダム。国民に幸あれ。
 それにしても、とリーマスは思う。
 せっかく入口を開けているというのに、どうしてシリウスはこの暖かい国に入ってこないだろう?
 視線を巡らせてちらりと見ると、シリウスは入口の前に立ちすくみ、困り果てた様子で固まっていた。どうしてそんな変な顔をして、こっちを見ているんだろう?

 …あ。

 リーマスはがばりと跳ね起きた。

「いやっあのねっそうじゃなくって!」
「ああ、いや分かってるって。ちょっと…」

 シリウスはちいさく首を振った。

「…ちょっとびっくりしただけ。」

 思いがけない方向に話が転がってしまって、リーマスはせわしなく視線をさまよわせた。しばらくあわあわとうろたえたあと何とか落ち着きを取り戻して、もそもそと毛布を引き寄せてそれをきゅっと握りしめた。
 シリウスは彼の一連の動作を何も言わずに眺め、それからくつくつと笑った。
 
「まあ、でも」

 笑顔のままで、リーマスの頭を叩く。

「王子様もやっと王国から出てきたことだし」

 頭に置いた手でリーマスの髪がぐしゃぐしゃになるまでかきまわして、シリウスはリーマスの顔を覗き込んだ。

「起きるな?」
「…起きます」
「よし、いい子だ」

 嬉しそうに、シリウスは笑う。ベッドからリーマスを引っ張り出すことに成功して満足なのだろう。しかしそのことのなにがそんなに嬉しいんだ、とリーマスは思う。のろのろと靴を履き、まだ覚めない頭でよたよたと足を出した。寒いよう、と文句を言うと、さっさと着替えないからだ、と怒られた。毎日怒られているのに、今日も怒られてしまった。どうやら僕には学習能力がないらしい、と、さしてがっかりするでもなくリーマスは思う。毎日同じことで怒っているのに少しもうんざりした様子を見せないシリウスも、学習能力という点で言えば大差ないということだろうか。あくびを噛みながら、リーマスはちらりとシリウスを見遣る。

 朝の光は好き。
 鳥の声は好き。
 朝が嫌いというわけではないのだけれど、
 ただそれ以上に、暖かな毛布は離れがたいのだ。
 そこから引き剥がそうとする声は、毛布と強固な蜜月関係を続けていきたいリーマスにとっては確かに、良く言っても招かれざる客というところ。なのだけれど。