二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

狭間で揺れる

INDEX|7ページ/8ページ|

次のページ前のページ
 

泡沫が弾けるとき





 こちらの服の袖を掴んだまま眠りに落ちた子どもに苦笑し、頭を撫でる。くすぐる指先に心地よさそうに頬を緩める彼を観察し、やはり、と確信するに至る。
 こちらの行動の一つ一つに、彼がどう返すか。普段の人間観察とさして変わらないが、普段以上に期待が膨らむのはやはり相手故なのだろう。

「……楽しいねぇ」

 ぽつりと零した言葉は予想以上に喜悦の響きを伴って病室に落ちる。早くも眠りの中へと落ちていった帝人が効き咎めることもない。
 自分の行動によって破滅する人間など、臨也は幾人も見てきた。絶望の淵に立つ人間も同様に。彼らの行動は予想通りであったり、はたまた外れることも時にはあったがそのどれもが愉しませてくれた。だから臨也は人間観察を趣味とまで言い切る。
 裏切られたと知った瞬間の、表情。絶対的な味方だと信じていたものが落ちる瞬間。その豹変ぶりは筆舌に尽くしがたいし、感情の揺れ幅が人間らしいと思う。 
 ――だからこそ、と思う。竜ヶ峰帝人。今、臨也を緩く拘束するこの少年はどういった表情を見せてくれるだろう。
 一説によれば、夢は深層心理を映したものだとも言われている。だとするならば、眠る子どもはどれほどの範囲を臨也に心許しているのだろうか。どこまで――受け入れるのだろうか。
 ダラーズという集団を構築した創始者は、排除はすれど一旦はその全てを受け入れた。正も負も闇も光も希望も絶望も、相反する全てを呑みこむようにそこに在った。やがて意に沿わぬ相手は削がれていったが未だダラーズはあり続ける。
 まさしく彼自身を体現したような集団に苦笑せざるを得ない。だからこそ臨也は知りたい。彼がどこまで育つのかを。
 先日自覚したばかりの感情は、声高に知りたい知りたいと叫ぶ。そして奪いたい、とも。
 彼の中の領域を食いつくしたい。奪いたい。知りたい染めたい占めたいと。そうして帝人の中が臨也で占められた時の表情が、思考が、行動が知りたくて仕方がない。慈しみたいと思う反面、暴きたくて仕方がない。
 眠った子どもを寝かしつけたのは己だというのに起こしたくて仕方がない。まるでこちらが子どものようだ。
 冷静な観察者の視点と衝動のままに動きたくなる感情を抱えながら、臨也は眠る帝人を見つめていた。ゆっくりと僅かに上下する布団に僅かばかりの安堵を感じながら。


 そうして、どれくらい時間が経っただろう。
 数分だったかもしれないし、はたまた数十分かもしれない。時計に視線を向ければわかっただろうがそれをせず、臨也は帝人に向けていた視線を扉に移した。
 病院の例にもれず、白い扉。嵌ったガラスの向こうに見える揺れる影。臨也の配慮により個室となったこの部屋に立ち入ろうかとする訪問者。
 心当たりは、ひとつ。

「入ってくるといいよ、紀田君」

 影が止まり、暫しの沈黙ののちに僅かな音を立てて扉が開く。その先に予想通りの顔があったことに、臨也は場違いなほど穏やかな微笑みを浮かべた。
 険しい眼差しを隠そうともしない、紀田正臣の姿に。
「やあ、久しぶり。その様子だと頼んだものは持って来てくれたかな?」
「……態々俺に頼まなくても、」
「波江さんには彼女の仕事があるからね。こういうことは適材適所、紀田君に頼んでた案件、片付いたころでしょ? 丁度よかったじゃない」
 文句の一つも紡がれる前に封殺する。波江ほどの処理能力がないことも以前に口にしたことだ。今更の事実を皮肉る臨也に反論するでもなく、正臣は無造作にポケットからメディアを取り出して放るように渡す。
 雑な扱いにも臨也は構うことなく受け取り、笑う。深めた笑みにさらに正臣の表情は強張った。
 その様も愉快だというように臨也は微笑む。穏やかな笑顔。誰もが笑顔だけを見るならば優しげな、美しいと評価するだろう笑み。だが、状況と彼が抱える魂胆が相対する者の感情を不快に彩る。
 例にも漏れず正臣も顔を歪め、用件は済んだとばかりにさっさと踵を返そうとするが、一連の行動を見ていた臨也は彼が取っ手に手をかけた瞬間、待っていたとばかりに声をかけた。
「見舞ってあげないの?」
「…………」
「彼は、君が来てくれたらきっと嬉しいと思うだろうけど」
「…………」
「確か今日が誕生日だっけ。誰にも祝われず、一人ぼっちかあ。親元を離れて上京した先、祝ってくれる友人も居ずにたったひとり。しかも病院で。それは淋しいねえ」
「っ、そうさせたのはアンタのくせにっ!!」
 我慢ならないと振り返った正臣の両眼には煮えたぎるような怒りが溢れていた。まるで今にも決壊しそうな、触れたならば焼き尽くされそうな――純粋なる怒り。
 今にも詰め寄ってきそうな正臣に構うことなく、臨也は湛えた笑みをそのままにうん?と首を傾げる。
「確かに怪我の原因は俺だけどさ、帝人くんは、自分から俺を庇ったんだよ」
 そこに臨也の意思は介在しない。むしろ本人でさえ庇われたことに驚いたくらいだ。事実を殊更に強調して告げれば唇を噛みしめた正臣はギリギリと歯ぎしりでもしそうな表情で臨也を睨む。純粋なる嫌悪と憎悪の視線を浴びながら、更に続けた。
 事実だけを取り出した正論。だが、それで納得できるほど紀田正臣は易しくない。
「……帝人に、なにをしたんすか」
「なにをってなにを?」
「っ、臨也さんにかかれば、人一人手玉に取るなんて簡単でしょう」
「あはは、これは俺も評価されたものだなあ! そうだね、簡単とまではいかないけどできないことはないよ。――でも、今回に関して言うならこれは俺も予想外」
 ちらりと掴まれた服、ひいては眠る帝人を見る。響く正臣の声にも構わず眠る帝人が起きる気配は無い。無防備な寝顔を曝す彼を慈しむように撫でてやる。それに正臣が息を呑むのを感じるが、臨也の視線は帝人に固定されたままだ。

「――――こんなに執着するなんて、思ってもみなかったなあ」

 ひゅ、と声にならない息が聞こえる。発したのが臨也でなければ正臣だろう。ちらりと窺い見た先で、少年は蒼白な顔をしていた。恐れていたものが現実になった瞬間を見たような。
 本当に分かりやすいと臨也は哂う。かつて手駒とし、弄んだ黄巾賊の将軍は己の全力を持って折原臨也という存在を拒絶した。嫌い、嫌悪し、近づかないように足を遠ざけ、己の安寧を得るかのように呼びよせた安らぎを決して臨也に近づけまいとした。それは結局無駄な努力に終わったが、今なお彼の中では帝人は守るべきものなのだろう。
 離れたくせにねと内心で嘲う。状況に追い付くことができなくて、認めることもできなくて、自ら望んで別離を選んだというのに少年は帝人を守り、諌めようとする。帝人の意志を知ることもないのに。
(いや、知っているからこそ、か? でも、先手を打たれちゃ意味は無い)
 帝人における自らの影響力をも知っているからこそ、正臣は行くなと予防線を張り、引きとめたのだろう。既にそれは遅いものだったが。いつだって彼は正解に近いくせに詰めが甘い。
 今だってそうだ。自らの選択で離れたくせに、今もこうして舞い戻る。
 ああ、本当に、なんて愚かで滑稽で純粋で矛盾に満ち溢れた人間らしい光景だろうか。
 ――それでも。

「大丈夫だよ、紀田くん。大切にするさ」」
作品名:狭間で揺れる 作家名:ひな