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15年先の君へ

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その13




しんとした部屋には、鈴虫の折り重なるような声が響いていた。今夜は月夜であるからか、電灯は消されているのに窓から入り込む月明かりで部屋全体が青く浮かび上がっている。
仰向けに寝転がった俺は、振り子時計のカチコチという音を聞いていた。ごろりと寝返りを打って、ぼんやりと部屋を眺める。
寝れない。端的に言ってしまえば、今の俺はその状態だ。
布団に入ってどれくらい経っただろうか。数時間は過ぎているように思えた。
昨日は熱で朦朧としていたから何も思わなかったが、隣で臨也が寝ているのによくもまぁ熟睡できたものだ。
別に一緒に寝ているからと言って、特に何かあるわけでもないだろう。俺が気にしているだけで、きっと臨也は何とも思っちゃいない。
思えば、出会ったときに十五歳年下の俺には手を出さないと釘を刺されていたのだった。キスはされたが、あれは俺に向けられたものじゃないからノーカウントだ。自分より十五歳年下の人間なんて、俺にしてみれば一歳にも満たない赤ん坊になる。確かにねぇな、と自分で己の無謀さを改めて思い知った。

(今日で最後か…)

明日でこの旅は終わってしまう。夜を迎えるのはこれで最後になる。そう思うと、やはり寝付けなくなるのだ。
俺はこの道中であいつに何かしてやれただろうか。あいつは俺が居るだけでいいと言っていたが、それは俺のセリフだった。
旅が終わると同時に、この想いも忘れよう。
それは、俺が勝手に決め付けたことだった。東京に帰ったら、全部なかったことにするつもりだった。
それまではせめて、いくら望みがなくともあいつを好きでいさせて欲しい。この想いを口にすることはないが、心の中でそっと思う。
我ながら奇妙な恋をしたと思う。想い人が未来の結婚相手なんて、そうそう出来る経験ではない。
このまま俺はどうなるのだろう。どうして臨也は、未来の俺たちについて教えてくれなかったのだろうか。
知っていたら、何か変わったかもしれない。俺たちは多分に、お互いのことを知らな過ぎるのだ。

「シズちゃん」

静寂にそっと響いた声に、思わず肩が震えた。
ころりと寝返ってみれば、月明かりに照らされた臨也がこちらを見て小さく笑っていた。

「やっぱり。寝れないんだ?」
「別に…」

また読まれていたと、俺は視線を逸らせる。どうしてこいつは、俺のことがわかるのだろう。俺には全く、お前のことがわからないのに。

「しょうがないなぁ。おいで」

そう言って臨也が布団をめくった。思いがけない誘いに、俺は目を白黒させて起き上がった。

「はぁ!?何言ってんだ手前っ、」
「シーッ、声、響くよ」

口元に人差し指を当てる臨也に、思わずグッと口をつぐんだ。
そんな俺に臨也は声もなく笑って、いいからほら、と手招きをする。
俺は目を合わせられなくて、どうしたらいいかわからず布団を握り締めた。こんな歳になって添い寝など。しかも相手はあの折原臨也だ。

「あぁ、別にとって食いやしないよ」
「そんなこと、気にしてるわけじゃねぇ」
「ならいいじゃん。早く。俺も寒いんだけど」

なら勝手に寝ればいいだろ、と言いたい気持ちを堪えた。あいつはいいかもしれないが、俺にとっては一大事だ。
こいつと同じ布団で寝るなど、絶対に寝付けない。緊張して指先が冷えているのが自分でもわかった。
情けねぇ、と唇を噛む。
動かない俺をどう思ったのか、臨也が小さく名前を呼んだ。

「…最後なんだし、一緒に寝ようよ」

決して揶揄して発した言葉ではないのだろう。そこで俺は、はたと気付く。
そういえば、どうしてこいつは起きていたのだろうか。まさか俺と同じで、寝付けなかったのか。
そう思うと、なんとも意地を張っていた俺が馬鹿らしく思えた。臨也が告げた通り、これは最後なのだ。
こいつもちょっとは寂しいとか、思ってくれたのだろうか。
俺は枕だけ持って、奴の隣に立った。
わざとらしく埃をたてて布団の中に潜り込む。その所作に臨也がケタケタと声を上げて笑った。

「シズちゃんて、実は結構かわいいよね」
「うるせぇ」

布団の中であいつの足目掛けて蹴ると、予想外の痛みだったのか臨也が呻き声を上げて黙り込んだ。
静かになった部屋で、俺はそっと瞳を閉じる。心臓がやけにうるさいが、直に治まるだろう。
ふと、頭に何かが触れた。髪を梳く動きに、瞼を開けてみた。

「ありがとう、シズちゃん」

臨也はそう言って手を止める。何と答えるべきか迷っていると、臨也はそっと、おやすみ、と告げて瞳を閉じた。






小さく呻く声が聞こえた。はじめ聞き間違いかと思ったそれは、やはり断続的に聞こえてくる。
不思議に思いぼんやりと霞む頭で瞼を持ち上げた。目の前には、真っ黒い影があった。臨也だ。そういえば同じ布団で寝たんだっけ、と眠る前のおぼろげな記憶が甦る。
今何時だろうか。辺りはまだ月明かりが差し込んでいる。
と、臨也の肩が震えた。背を向けているから起きてるのかわからない。俺は、試しに名前を呼んでみた。

「臨也…?」

掠れた声になったが、返事はなかった。寝ているのかと、半身を起こして覗き込んでみる。
どうやら眠っているらしいが、額には汗が滲み、眉が寄っている。誰がどう見ても安眠しているとは言い難い。臨也は、酷くうなされていた。

「臨也、おい」

悪い夢でも見ているのかと、その肩を揺する。途端に、ハッと目を見開いた臨也は、俺の顔を見て息を呑んだ。

「シズ…ちゃん…?」

肩で息をして、確認するように問うてくる。俺は小さく、あぁと答えた。
その瞬間、唐突に臨也が腕を伸ばしてきた。全く油断していた俺はバランスを崩して布団に雪崩れるが、そんな俺の背に縋るように臨也が手を回す。

「今だけ…今だけだから、こうしていいかな」

震える声で、臨也がそう告げる。その腕の強さに瞠目し、俺は振り解く気にもならなかった。

「…好きにしろよ」

言うと、臨也は俺の肩に顔を埋めて黙り込んだ。
あいつの心臓は、俺と同じくらい跳ねていた。指先は酷く震えていて、俺は一体どんな夢を見たのか心配になる。
こんな俺でも、こいつを救えるのだろうか。未来の俺の代わりでもいいから、今くらい、役に立ちたい。
そっと背に腕を回した。誰かを抱き締めるのは初めてだ。恐る恐る回した手に、決して力を入れないよう、ゆっくり触れる。
そうすると、殊更臨也の腕に力が篭った。体温が温かくて安心する。
朝が来るのが名残惜しいなんて、くだらないことを考えていた。


作品名:15年先の君へ 作家名:ハゼロ