二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

ところにより吹雪になるでしょう

INDEX|11ページ/36ページ|

次のページ前のページ
 

大学生/夏/栄口



 癖というものは無意識のうちにしてしまう行動だ。手に足に思考に、しっかりと根を張り、繰り返される。無意識であればあるほど元は深い。第三者に指摘されるまで普通でないことに気づけない。栄口が最後に水谷と顔を合わせたのは野球部の球納めだったか卒業式だったか覚えていないけれど、それから一年程度ではこの癖は身体から抜けていかないようだ。
「先輩、また新しい飲み物買ってますね」
「あ……ああ、うん」
 こんな奇妙な色がついた甘ったるい炭酸水、栄口は好きでも嫌いでもない。つまり関心がない。しかしこのサークルの後輩から言われるというのはよっぽどなのだろう。
「隣、いいっすか?」
 まだ人もまばらな教室で、栄口には特に断る理由もないけれど、なるべく関わりたくなかったのは「ちょっと聞きたいことがあるんで」という前触れを後輩が残していたからだった。それにすぐに思い当たる出来事がある。
「この授業取ってんの? 全然見ないんだけど」
「出席取らないって聞いたんでたまにしか……」
「取ってるよ、少なくとももう二回は」
 げえ、とうめいた後輩を笑いつつも、次に話されるであろう話題に身構え、息を呑む。
「聞きました、あいつと別れたんですよね」
 言われると思った。男子学生数人が教室へ入ってくるかしましさに紛れさせ、栄口が濁った返事を返すと、後輩もまたその雑音に隠すように短く謝罪の言葉を述べた。
「なんで謝るの」
「だって紹介したのオレじゃないっすか、だからなんとなく」
「……お前は悪くないよ」
 実際そうだった。ずっと気を遣ってくれた後輩も、あの日泣きながらビンタを喰らわしてくれた彼女も誰も悪くない。悪いのは自分だけだ。原因もわかっている。二人が乗っていたのは泥の船だったのだ。もしそうだったとしても、お互いがんばって漕げばなんとか向こう岸に着いたのかもしれない。けれど栄口はそれをしなかった。最初から船は泥でできていることを知っていたし、海の真ん中で沈んでしまう予想もあった。なのにいつも一番冷めたところで事の成り行きをただ見つめていた。だから本当に悪いのは自分だけ。この態度は元彼女を散々やりきれなくさせていただろう。
『何が良くて何が悪いのか、はっきり言ってよ』
 短い間だったけれど本音を出したことは一度もなかった。不誠実にもほどがある。
「オレは絶対うまくいくと思ってたんですけど」
「ごめんな」
「先輩はいい人だから、あいつに原因があるとしか思えないんですよ」
 後輩は大きく息を吐き、机へうなだれた。この期に及んで『いい人』呼ばわりされるとは思いも寄らなかった。この後輩にしても元彼女にしても栄口の周りには『いい人』が多すぎて、繰り下がるように自分がどんどん悪い奴になっていくような錯覚までする。錯覚ではなく事実自分が一番悪い奴なのだから、庇うことなんてない。
「それ、おいしいですか?」
 顔だけこちらへ向けた後輩がペットボトルの中身を尋ねる。
「まぁまぁかな」
「えー、ほんとですかぁ? ひとくちください」
『ひとくちちょうだい』『ねーさかえぐち』
 その口調が少しだけ水谷に似ているようで、栄口は反射的に「ひどい」と思った。回路がひとつ抜け落ち、差し出そうとしたペットボトルを落としてしまいそうで指へ変な力が入る。
「うへぇ、色と味が違いますねコレ」
「だよねぇ」
「こういうの好きなんですか?」
「いや、つい」
 あの頃は甘い飲み物を持っていると水谷が寄ってきてくれるような気がして意図的に選んでいた。現在、水谷と栄口の距離は飲み物で吸い寄せられるほど近くはなく、新幹線で数時間かかる程度になっていた。物理的な距離よりも精神的にすごく離れてしまったのだろう、進学してから連絡を取ったことも、また連絡が来たこともない。
 チャイムとともに現れた教官は今日は出席を取らないらしく、すぐに先週の続きから講義を始めた。最初は真面目に受けていた後輩も三十分を過ぎると机に伏せて寝てしまった。ルーズリーフが湿気を持ち、黒板を写すシャープペンシルがうまく滑らない。手を置いていた場所にもじっとりと熱が残り、炭酸飲料の似合う季節が今年も近づいていることを知る。