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Hello, Again1

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#2 Fortune favours fools.




「本当に、…無理を言ってしまって…」

 顔を焼いたままの医師はすまなそうに肩をすくめる。ロイは鷹揚に笑って首を振り、大したことではないと示した。
「約束したでしょう」
 気にするなと言う代わりに彼が口にしたのは、澄ましたようなその一言。約束? とマルコーが首を傾げるのに、ロイはおかしそうに笑い、自分の目を指で示した。
「これのかわりに。私はあなたと約束した。そうでしょう、マルコー先生」
「……それは、」
 そうだが、とマルコーは口ごもる。ロイもそれ以上は言わず、空気まですえた臭いがするようなスラムをただ見つめた。
 まだ、こんなにも荒廃した場所が残っている。これが現実だ。理想だけでは救えない。救済とは施しとイコールではない。
 ロイは拳を固め、短く口にした。
「…ひどいですね」
「ええ…」
 ――ロイは大げさなと言ったが、ホークアイは護衛を十分に付けないというなら視察は認めない、と強硬だった。だが、護衛船団に囲まれて一体何を見るというのか。ロイはかつてから培った脱走技術でもって鮮やかに護衛を巻いて、こうしてマルコーと件の街を見て回っていた。
 しかしさすがに軍服で現地を歩くほど間抜けではないので、目立たない服装で頭から外套をかぶってはいたが。ちょうど陽射しや街に集まる人間の都合によりそういう外見の通行人が多かったので、うまく紛れ込んでいたといえる。…ホークアイが知ったら、激昂してトリガーを引きかねない。
「…もう少し、案内してもらえますか」
 ロイの願いに、マルコーはただ頷いた。元々、ロイの視察を願ったのは彼の方だったのもある。マルコーはしっかりした足取りで自分の診療所へと向かった。
 マルコーはイシュヴァール人達のコミュニティをあちこち回っている。ほとんどの場合において医師がいないそれらの集団において、非常に重要な人物となりつつあるそうだ。最初のうちは特に活動の拠点は定めていないようだったが、数ヶ月前からこの街に拠点として小さな診療所を設けていた。設置するに当たっては、スカーやイシュヴァール人に連なる組織が協力している。ロイもまた、表には見えない資金や物資の面で協力していた。マルコーの活動に軍の影が見えるのは現状ではまだ好ましくないだろうという判断から、それらは概ね伏せて行われていたが。
 野戦病院を小さくしたような雰囲気の診療所に案内されると、ロイはやっと外套を脱いだ。暑かったが、顔の売れた男だから用心するに越したことはなかった。しかし、さすがにマルコーの診療所の中でまで顔を隠す必要はない。
「ここは、どんな風なんですか」
 勧められるままに椅子に腰をおろし、ロイは単刀直入に尋ねる。マルコーは芳しくない表情で首を振った。
「…上下水道の整備がとにかく必要だ。まず水でやられる。それから、強硬派がいるせいで物資が滞って、ひどいインフレ状態です。救援物資を送ってみたところで略奪される。弱い者から死んでいく。死んでいなかったとしても、似たようなものです。白内障や緑内障も多いです。それから…、」
「…大体、この街の人口はどれくらいなんですか。そういう統計はありますか?」
 マルコーは首を振った。疲れの滲んだ様子が痛々しい。
「どこに何人住んでいるかもわからない。何がどれだけあれば足りるのかもわからない。イシュヴァールの武僧やスカー達も協力はしてくれますが…、この街だけに問題があるわけではないですから…」
「……」
 ロイはしばらく無言でじっとマルコーの目を見ていた。
「…伝染病は?」
 衛生状態が悪いと訴えられて、最初にロイが疑ったのは伝染病の可能性だった。今聞く限りではそれはないようだが、しかし、言わなかっただけということも考えられる。
「それは、…ない、と思うが、時間の問題かもしれない。今は伝染病より栄養失調の方が深刻で…」
 ロイは街中の様子を思い出す。やせ衰えているのに腹だけが出た子供を幾人か見た。そこまでひどい状態だというのかと肝が冷えた。
「…薬物の流行は?」
 ロイはその緊張を保ったまま、もうひとつ尋ねた。治安と経済の悪化した場所で心配することの、それは重要な一つだ。この街はどうやらイシュヴァールの難民だけが住んでいるわけではないようで、過激派も全部が純粋なイシュヴァール人ではないという情報もある。つまり、アンチに存在意義を見出している過激派が同調している可能性があるということだろう。いつの時代でも不満を持つ人間はいるのだ。それは大総統が代わっても同じことで。
「…あります」
 マルコーの返答に、ロイは顔をしかめた。持ち込んだのが誰かはわからないが、流行るのに十分な雰囲気は確かにこの街にはあった。
「それは特殊なものですか、それとも国内で他に類似の薬品が見られるものですか」
「粗悪な二流、三流の品です。特殊なものではない。何人か中毒患者も見たが、…治療は簡単ではないが、真新しい処方が求められるわけではない」
「…そうですか」
 ロイは息を吐いて肩をおろす。
「…。土木工事を行うためにはまず区画ごとの調査が必要だろうが…、それ以前の段階ということか…」
「そうなんです」
 ロイの呟きに、マルコーはすがるような目を向けた。
「…。まず、一画を整地して、仮の宿舎を建てますか」
 イシュヴァール政策のトップでもある男は、考えながらゆっくりと提案する。
「おざなりですが。その宿舎で難民を収容して、徐々に変えていく…しか、ないですか。上下水道を整備して、舗道を作って…それから、物資の流通ルートを安全に抑えなければ…、ここから一番近い街との街道の安全を強化して、それから業者を選定して…。強硬過激派とやらをどうするか…、交渉に応じるか、どうか…」
「病院も必要です」
「そうですね。…そちらは、あなただけでは足りんでしょう。軍病院から引っ張ってきますか」
「そうしてもらえればありがたいが、…しかし、大丈夫だろうか」
 ロイは肩をすくめた。軍病院といえば当然軍の組織に与している。そんな所の人間がイシュヴァール人ひしめく街にやってきて、果たして己の職分を全うできるのかということをマルコーは心配しているのだろう。
「まあ、有志で動いてくれるような、ありがたい人材がいれば別ですがね。そうはうまくいかないでしょうし、…あとは、そうですね、学校だな」
 ロイはやはりまだ考えているような顔で続けた。
「それから、仕事と、食料は最初は配給が必要でしょう。問題はそれをどうやって自給できるようにするかということだが…」
「仕事、とは…」
「それこそ診療所の手伝いができる人間がいるならそういう仕事でもいいでしょう。…私は、マルコーさん、思うんですが」
 ロイはゆっくりした口調で語る。その慎重さは、彼自身の信念を語るというよりも、未だ手探りの何かを語ろうとしていることを感じさせた。
「ただ援助すれば良いとは思わない。それが償いなら、私が何もかもを擲って捧げればそれで済むことになる。だがそんなものじゃないでしょう。それは違う」
「…違う?」
 不思議そうなマルコーに、ロイは頷く。
作品名:Hello, Again1 作家名:スサ