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みっふー♪
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ヅラ子とベス子のSM(すこし・ミステリー)劇場

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+++4



「マ夕゛オさんっ! マ夕゛オさんっ!!」
姉弟は取り付いたおじさんの身体を揺すった。先生は慌てず騒がずまず物証のグラサンをジッパー袋に丁寧にしまってからそっとカバンの上に置き、いざ改めておじさんの胸に手を当ててえいやとばかり体重をかけた。
「へほっ」
半開きの口にだらりと水草を垂らしたおじさんがむせた。
「マ夕゛オさんっ」
おじさんの手を握った姉弟が半泣き声に呼びかける。先生は髪を乱して渾身の心臓マッサージを続けた。
「へへほっ」
弱々しく咳き込んだおじさんがうっすら目を開けた。
「……シン、ちゃん……?」
「マ夕゛オさんっ!」
弟はひしとおじさんの首に縋った。姉は袂に目尻を押さえた。先生はふぅと額の汗を拭った。
『コレ使いな』
そのとき、のっしのっしと彼らの前に歩いてきた着ぐるみ……いや、着ぐるみは既に着ぐるみを着ていなかった。プラカードを上げた元・着ぐるみが差し出したのは、自分がかつて着ていた着ぐるみだった。
「あっ、ありがとうございますっ」
弟は受け取った着ぐるみでずぶ濡れのおじさんの頭をわしゃわしゃ拭いて肩を覆った。おじさんはまだぶるぶる震えている。毛脛剥き出しの着ぐるみの中の人も、背中を曲げて寒そうにしていた。見上げた先生の表情がちょっと動きかけた。しかし途中でメーターがするする下がったようだ。一見節操がなさそうで、しかしおじさんなら何でもいいというわけでもなさそうである。
(……そこなんだよなー、)
池の真ん中に突っ立って、ぐしょ濡れの腕組み姿勢に天パは思った。だからってコレはないでしょーって油断してたら不意に食い付いて行ったりして、あの人のツボがいまいちわからないからこっちも気が抜けないのである。
「早くマ夕゛オさんにお湯を! 今度はかけるんじゃなく飲ませましょう!」
先生がてきぱきと指示した。
「ハイッ」
姉は転がっていた湯呑みを拾ってくると、ポットのお湯を注ごうとした。さっき大部分ぶっかけてしまったので、電動ポンプでうまくお湯が上がってこない。まどろっこしいと姉はポットの蓋を開け、底に僅かに残ったお湯を湯呑みの中に傾けた。零れたぶんがまたちょっとおじさんの手に掛かったが、おじさんはぐったりしていたのでいちいち騒がなかった。
「……エリー、」
元・着ぐるみの隣に、つかつかとやって来た女装子探偵が並んで立った。長いことメモ取りでスタンバっていた自分にもようやく出番が回ってきた、探偵は装備品の鳥打帽とインバネスとをふぁさと脱ぎ捨て、剥き身の相棒に揃いで与えた。
『……。』
譲り受けた帽子とマントを着込んだ相棒は、隙間に目だけがビカーッと覗く、ちょうどどっかの車掌さんみたいな恰好になった。
「ウン、ヤッパこの方が気合いが入るな、」
ギンギラのスリットチャイナの腰に手を当て、女装子探偵がフッとロンゲを跳ね上げた。
「……」
――つか、いくら趣味って言っても間近で見るときっついわぁ〜、弟はげんなりしたが、今はツッコミ入れてる場合じゃない、とにかくマ夕゛オさんのことに集中するべきだ、
「マ夕゛オさん、ほらこれ飲んでっ」
姉と弟はおじさんに付きっきり、先生も、――じゃああとはお任せして私もそろそろ、あっこのグラサンだけちょっとお借りしていきますね、成分分析にかけてみて詳しいことわかったらまた連絡しますから、ジッパー袋のグラサンをカバンにしまって腰を上げようとした。遠巻きにしていたメイドさんたちも一本締めで今にも解散しようとしている。
「ちょっとぉぉ〜!!! 聞いてッ! 私の話も聞いてよっ!!」
女装子探偵がヒールに地団太踏んで憤慨した。
「……ううーむ、今日の化粧は格別ヒドい、」
何度目かで屋根に這い上がって来たボクっ娘眼帯が顔を歪めた。カリカリすこんぶを齧りながらアルアル少女が訊ねた。
「キュウちゃんはさァ〜、やっぱしょーらいめいくあっぷあーちすととかになんの〜?」
ギョーカイ的に、言い掛けて、――いんやあれはあれで別カテゴリ扱いになるのかしらん、少女は首を傾けた。
「ウチは代々剣術師範だぞ、ボクはそんな軟弱な職業にキョーミはない、ただ醜いものが許せないだけだっ」
腰に下げた真剣の柄に手をやり、眼帯ボクっ娘がキッと眉を寄せた。
「その点お女少さんは理屈抜きに美しい……」
雨樋の下からぬばっと出てきたゴリラさんが、立ち上がった屋根の上に両手を広げた。
「貴ッ様ァァァ!!!」
ボクっ娘が抜身の刀を向けた。ゴリさんはいっちょまえに整髪剤で撫でつけた頭を掻いた。
「……いやぁお恥ずかしい、さっきは柄にもなく取り乱してしまいましたが、恋するお女少さんという至高のきらめきを我々に見せてくれたあのおじさんには、ぜひとも感謝状を贈らねばなりませんなっ」
――はっはっは、隊服の胸飾りを張ってゴリラさんがゆーちょーに笑った。
「嘆かわしい……ポッと出の恋敵に感謝だと? 貴様のお女少ちゃんへの思いはその程度かっ」
――そこへ直れっ! その腑抜けたタマシイごと成敗してくれるっ!! ボクっ娘が今にも飛び掛からんと剣を構えた。
「君に命令される筋はないっ!」
眼光鋭く姿勢を向けると顎髭を逆立て、屋根瓦を震わせてゴリラさんが咆哮した。
「――……、」
一触即発に張り詰めた屋根上の空気、すこんぶ少女のカリカリカリコリ、カリカリすこんぶを食む乾いた音だけがこだまする。
階下では女装子探偵がヒール踏み鳴らしておじさんの目前に迫っていた。
「……なっ、なんだねキミはっ?!」
――このヒトこわいようっ! グラサンでガードしていないと余計に心細いのだろう、怯えるおじさんを庇うように少年が前に出た。
「やめて下さいっ、マ夕゛オさんは被害者なんですよっ」
「そうよ! 大体呼びもしないのに勝手にウチに入ってきて、アナタけーさつ呼びますよっ」
「お女少さーーーーんっ!!!」
――ココにいますよぉっ! 屋根の上のゴリラさんが胸を叩いてウホウホ陽気にドラミングした、
「隙ありィィッッッッ!!」
――ドガシャーーーン!!! 袴の裾をはためかせて空を舞い、ボクっ娘の振りかざした一閃がゴリを捉えた。
「……木圭くん、」
屋根に降る土埃を背景に、ため混じり、先生が言った。
「一つ聞きますが、その女装は本当に必要なんですか? そりゃ探偵業も競争激しいだろうし、何らかのキャラつけて差別化図りたいのもわかりますけど……」
「必要か必要でないかで言ったらそりゃ必要ないですよっ」
ヤケクソのややキレ気味に女装子探偵が返した、
「だけど世の中そういうもんだって、取り急ぎ不要とされるものを片っ端から切り捨てて行ったら、結果社会は多様性を失ってひどく荒涼としたものになるだろう、そう教えたのはアナタじゃないですか先生ッ」
「……えっ」
そーいやそんなことも言いましたっけ、先生が苦笑いに頭を傾けた。
――ずびしゃっ!
そのときだった。女装子探偵の顔面に束ねた水草の塊がヒットした。