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Grateful Days

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Long time ago, @ Jinnouchi family



 栄の後ろに隠れてばかりだった侘助が、理一に手をひかれて学校に行くようになった。授業も理一が追いかけて探しに行くようになったせいか、抜け出さないで受けるようになった。問題行動は影をひそめ、そうすれば元が頭のいい子供だったから、教師の見る目は一八〇度変わった。
 いじめられてばかりいたのだろう侘助のどこか怯えた態度は他の子供を刺激することもなくはなかったのだろうが、そのたびに理一が出て行けば何も起こらなかった。といって理一が腕に物を言わせたなんていうわけでもない。どちらかといえば笑顔で理路整然と話をする可愛げのない子供だったが、その姉や従兄達の腕白ぶりが印籠代わりになっていたというのが正しかったようだ。もっとも、自分から喧嘩をしないだけで理一はけして弱くなかった。かっとしてむかっていって返り討ちにあう侘助と違い、一度喧嘩を始めれば絶対に負けない、ある意味執念深い子供だったのだ。

「リーチ、リーチ!」
「リ、イ、チ」
 何があったのか興奮気味に走ってきた侘助に、いちいち理一は訂正した。リーチって、ビンゴじゃないんだから、と。だが侘助は一瞬首を捻った後「リーチ」ともう一度繰り返したので、理一は諦めた。姉や直美ならこれは絶対にからかっているのだが、侘助は単純に間違えているだけだ。仕方がない。
「リーチ、ばあちゃんが犬、飼うって!」
「犬?」
 早く、と手を引っ張る勢いの侘助は本当に嬉しそうな顔をしていた。そんなに動物が好きだったのかな、と思う理一は知らない。侘助が陣内に来る前はとても犬なんて飼っていられる環境ではなかったということなど。
「ばあちゃんっ」
 離れに飛び込んでいけば、確かに祖母の前には子犬がいた。茶色い体、ぴんと立った耳、くるんと巻いた尻尾、子犬ながらも凛々しい顔立ちの中、賢そうな黒い瞳が子供達を振り向いた。
「…いぬだっ…」
 こんなに興奮しているのに、侘助は子犬に触ろうとせず、ぎゅっと自分のTシャツの裾を握り締め、しゃがみこんだ。
「なでないの」
 理一の方が不思議に思って問いかければ、栄が笑った。
「理一、侘助と一緒に撫でてみな」
「え?」
 祖母は優しい目で見ていた。理一は祖母と侘助とを見比べ、侘助に目で問いかける。侘助はいやともいいとも言わなかった。ただ、尻込みするように手を硬くしていた。
 触ったことがないのだ、と理一は覚る。大体において子供は動物や虫が好きなもので、特に男子ならその傾向は強い。だから侘助も生き物全般に興味はあるのだろう。でも、触ったことがないから、どうしたらいいかわからないのだ。
「侘助。そーっと、そーっとね」
 理一は侘助の手を上から握って、引っ込めようとするのを強引に子犬に伸ばさせる。
「頭はね、びっくりするから。だめなんだ」
「…うん。頭は、びっくりするよな。だめだ。おれも、だめだもん」
 真剣な顔で侘助は頷くが、特に意識していないだろう言葉の中身に栄の顔色は少し曇る。頭に手を置かれることに驚くということは、それだけ殴られてきたということではないのだろうか。
 そうっと背中を撫でれば、子犬は遊んで欲しいのだろう、じゃれついてきた。
「わっ、リーチ、噛まれるぞ!」
「噛まないよ。遊んでるんだ」
 理一は腰を抜かしそうな侘助の手を離して、両手で子犬を抱き上げる。
「ほら」
「い、いいよっ」
 侘助の方に差し出すと、ぶんぶんと手を振って逃げようとする。
「ばあちゃん、遊んできていい?」
「いいよ。でもあんまり遠くに逃がさないようにするんだよ」
 行こう、と誘おうとして、侘助が複雑な顔をしているものだから理一は止まってしまった。
「侘助? どうした」
 栄も気づいたのだろう。動きやすそうな作務衣姿で、そっと侘助を捕まえる。
「…犬は、行きたいところに、いけないのか? ばあちゃん」
 逃がさないように、というのをどうとらえたものか。侘助の複雑そうな質問に、栄は瞬きした後笑い、ぐりぐりと侘助のくせっ毛をかき回した。
「そうじゃあないよ、侘助。こいつはまだチビだろう。こんな子犬が山の中紛れ込んだら、生きてられないだろうからね。だから、ちゃあんと大きくなるまでは見てなくちゃいけないってこと」
「……」
「さあ、あんたもいっておいで。理一、母屋の庭で放してやりな。そんな遠くまでもいかないだろうし。賢い子だからね、大丈夫だろうよ」
 侘助の背中をぽん、と押して、栄は理一に声をかける。頼んだよ、とその目は言っていて、理一は「任せといて」のかわりに強く頷いたのだった。

 侘助は段々他の家族や同級生とも喋るようになっていったし、それなりに居場所を見つけ出していっていた。表情だって、最初にやってきた頃より豊かになっていった。そうして、理一に手なんかひかれなくてもきちんと学校に行くようになったし、つまらなそうではあったけれど授業だって受けるようになっていった。
 そうなってみるとなんだか寂しいような気持ちがするから不思議だった。だが、それが不思議だということが、その時の子供だった理一にはよく理解できなかったのだ。どうしてそんな風に思うのか、ということが。
 二人並んで、ランドセルをしょって歩いた。理一が当たり前に知っている街道の歴史や物事を侘助は知らず、侘助が息をするように理解していった難しい算数の問題などは理一にとって意味不明で。話の種は尽きることがなかった。お互い友達は他にもいたけれど、多分侘助にだって、すごく親しいとはいかないまでもいくらか気があう同級生がいたと思うのだが、けれどお互いにとってお互いがそういう友達とは全く別のものだった。学校の行き帰りは、随分と長い時間を二人で一緒に過ごしていた。
 叔父と甥で、関係は複雑そのものだったけれど、そのまま行けば笑い話にできるくらいの関係になっていたかもしれない。
 そのまま、日々が過ぎていたのなら。そうだったかもしれない。

 何かが壊れるときというのは大体にして唐突で、そしてあっという間だ。
「あんた、なんでそんなあいつと仲良くしてんの」
 腕組みしてじろりと睨みつけてくる姉には迫力があった。年子だから大きな違いがあるわけではないのだが、それでも理一にはどうも理香に逆らうという機能が発達していなかった。世の中の弟が皆そうだとは思えないので、これは単純に理香が恐ろしいのだ。と、理一は思っている。
「…なんで、って」
 理一はとりあえず言葉を濁した。
「はっきりしなさいよ、男でしょ!」
 理香のずばっとした物言いは昔から変わることがない。およそ理一が物心ついてからというもの、理香がこうでなかったことはないように思うくらいだ。
「…姉ちゃんは、じゃあなんで仲良くしないの?」
 理一にしては勇気のある行動だった。理香の質問に素直に答えなかったのだから。
「そんなの決まってんでしょ! あんたバカなの?」
「…先生は、お姉さんより成績がいいですねって言っ、いたっ」
 皆まで言わせず、理香は理一を蹴飛ばした。まだ彼女の方が体は大きい。
「んなこと聞いてないわよ」
「…すぐけるんだから」
「あんた、お母さんに言いつけたらぶったたくよ」
「言いつけないよ。姉ちゃんてなんでそんなキョーボーなんだよ」
「うるっさいな、弟のくせに!」
作品名:Grateful Days 作家名:スサ