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【FY】詰め合わせ

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very merry love!



 2009年12月24日、イベント名で言えばクリスマス・イブの夕方、有楽町は辰巳駅のホームの端で両肩の力を抜いていた。
 抜いていた、と言うか、正しく表現するならば勝手に力が抜けていた、か。握り締めた携帯電話は先程までの発着信のラッシュのせいで熱を持ったままで、今日の日付で埋まってしまった履歴なんて恐ろしくて見返す気にもなれなかった。
「……疲れた………」
 思わず率直な感想が口から漏れたが、これくらいは勘弁して欲しい。よもやこの日のこの時間帯に発煙事故だなんて、全く何のギャグにもならない。食事や夜景の為に移動するカップルや、家路を急ぐ会社員の足をもろに止めてしまったせいで、久々に心労で胃痛がする。しかしこんな事で自分が根を上げてしまったら全線復旧が益々遠のくばかりだ。
「取り敢えず、有楽町駅まで折り返し、か………」
 先程自路線の職員に告げられたばかりの通達事項を一人ごちて、息を吐く。
 妥当な線だろう。そこより新木場側は、流石に安全確認にもう暫く時間が掛かりそうだ。
「もー先輩ったら、そんなこの世の終わりみたいな顔しないで下さいよ。何もシングルベルって訳じゃないんですから、ね!」
「や、それ関係あるか……?」
「大ありですよ、こんな日にそんな顔してる人は大抵独り身の人です。でも大丈夫、先輩には僕がいますからね!」
「あー、そうだな……」
 なぜか茶のネクタイを締めた男が隣にいて、場に似合わないにも程がある大輪の笑みをこちらに向けていた。この男は誰だっただろう、思い出したら額の血管が切れるか胃痛がひどくなるか、二つに一つな気がする。
(寧ろどっちも、だな。こいつに関して色々掘り返したら負けだ)
「………って、何でここにいんの、お前」
「その今更なリアクションが涙を誘ってくれますね、先輩」
 記憶違いでなければこの茶色は元を有楽町新線と名乗っていた副都心線で、若干認めたくない事実ではあるが有楽町直下の後輩だ。更に認めがたい事実もまあ、その、多少あるのだが、それを言及したら、それこそ胃が荒れて血管が切れて羞恥で突っ伏せる。
「うるさいよ。運転再開したばっかりだろ? お前」
「ええ、勿論ダイヤ通りとはいきませんけど、お陰様で。先輩に便乗してあんまりサボってると叱られちゃいますしね」
「あ、そ……」
 それはその通りだと思うのだが、だからと言ってどうして辰巳まで来たのだろう。
(連絡事項、とか)
 しかし、それこそ職員を通じてすればいい話だし、有楽町本人に伝えたいのならば電話だってある。地下とは言えホームならば電波も通じるのだし、と後輩の真意をはかる為に顔を見遣っても、彼はいつものようにニコニコと食えぬ笑みを浮かべているだけで、有楽町の疑問に対して何も言ってくれそうになかった。
「……おま、え……?」
 ――仕方ない、目で見て分からぬのなら、直接口で言ってみるまでだ。
 そう思った瞬間伸びてきた手に少なからず驚いて、有楽町は言うべき言葉の途中で口を噤まざるを得なくなった。
 そっと片頬に添えられた手は副都心のものだ。それは分かる。だが、その顔が近付いているのはどう言う事だろう。今は仕事中で、それも有楽町線でトラブルがあったばかりで、ホームには対応に追われる職員達がいて、先程から何事か話す自分達の様子を窺っている気配すらあるのに。
「ちょ、まっ……」
「メリー好きです、先輩」
 楽しそうな副都心の声が耳元に吹き込まれたのは、キスされる、と身を堅くして近寄る顔を引き離そうと腕を胸に突っ張ろうとした、その時だった。
「………は」
「は、じゃないですよ。メリー好きです、って言ったんです。エチカちゃんだってポスターで言ってるでしょ、こんなポーズで」
 副都心が両手で顎下を支えたって可愛くも何ともない。囁くだけ囁いてあっさりと離れていった顔に浮かぶしてやったりの表情に、いつの間にか握り締めていた拳がぶるぶると震えていた。許せない。何がと言われても困るが、兎に角許せない。
「お前なあ……!」
「何ですか、顔真っ赤にしちゃって。あ、もしかしてキスされると思っちゃいました?」
「思ってねーよ!」
 はいはい、と怒る肩を手でいなして、副都心はぞっとするような笑顔を浮かべる。
「今夜を楽しみにしてて下さいね、先輩。頑張りますから」
「何を」
「嫌だなあ、こんな所で言えませんよそんな事」
「はあ?」
 聞き返す声に応える事なく、副都心がさっと踵を返した。追い縋るように伸ばした手は彼が歩きだしたせいで空を切って、格好が付かなくなって中空でぎゅっと拳を作る。
「副都心!」
「そろそろ戻ります。先輩も、じきに運転再開でしょう?」
 お邪魔しちゃいけませんしね、と手を振る副都心の背中は揺るぎない。自分にトラブルがあったばかりなのに、そんな素振りを微塵も見せなかった事には少し救われたが、しかし。
「勘弁してくれ、マジで……」
 去ってゆく背中に向かって弱々しく投げた呟きは、懇願にも近い願いであった。
 よりによってあの後輩とクリスマス・イブの夜を過ごすだなんて、考えられない。それでも数日前に言われて頷いてしまったのは確かに有楽町自身で、だからこそ頭が下を向いた。
「あーもう、どうしろって言うんだよ……」
 未だに回復出来ていない己の路線と、投げかけられた言葉の先にあるであろう夜を思って、煮こごりのような溜め息が漏れる。
 有楽町の頭が混乱から解けるのは、随分と後の事になりそうだった。

(20100102)
作品名:【FY】詰め合わせ 作家名:セミ子