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BSRで小倉百人一首歌物語

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第53首 嘆きつつ(佐←政)



 情事のあとの空気が気だるく漂う、屋敷の一室。事が終わってしまえば互いに余韻などといったものを楽しむこともなく、さっさと服を整えて別れるだけだ。だが、今回に限って佐助は、先に褥を抜け出して煙管を吹かしている政宗を横になったまま眺めていた。その背は普段の彼からは想像もつかぬほど無防備で、いっそ何かの罠が仕掛けられているのではないかとさえ思える。
 「……アンタって、ほんと何考えてるのかわからない」
 佐助の呟きに、政宗はゆっくり振り返る。その口元にはにやにやとした笑みを浮かべている。何なんだその妙な余裕ぶりは、と内心激しい苛立ちを感じながら、佐助は続ける。
 「俺様、今は友好状態だけど、一応敵国の忍びなわけ。それを寝所に招いて、睦事に耽って、あまつさえそうやって無防備な背中見せて。アンタ、自分の立場自覚してんの?」
 元々は偵察のために屋根裏に潜んでいたのを知られてしまった自分の落ち度なのだ、と思うと余計に腹立たしくなる。しかし、まさか睦事を要求されるとは。それも自ら女役になるなどと言って。どこまで酔狂な殿様なんだろうと呆れたが、大人しく要求に従うことにした。彼が何を企んでいるかわからない以上、下手に抵抗するのは危険だ。
 佐助が偵察に訪れるたびに、政宗は交わりを求めた。初めに情を交わしてからはや幾数月が経ったが、二人の間にそれ以上のものが生まれる事はなかった。まして、恋情など。
 だから先の佐助の問いかけは、この奇妙な関係が始まって以来、初めての働きかけであると言える。
 佐助の言葉に政宗は笑みを引っ込めて、値踏みするような目つきで佐助を眺めまわした。込み上げる嫌悪感を押し殺しながら、佐助は上半身だけを起こして政宗を睨みつける。政宗の目が佐助の視線を捉えると、途端にまた先程のにやにやとした笑いが現れた。
 「少なくとも、アンタよりは自覚してると思うけどな」
 「……どういうこと?」
 「まぁ、いいじゃねぇか。アンタも気持ちいい、俺も楽しい。それ以上に何か必要か?」
 反論しようとした言葉を、佐助は思わず飲み込んだ。言葉とともに浮かべた政宗の笑みは、あまりにも完璧すぎた。いっそ恐怖さえ与えるほどに。ますます腹の底が知れなくなって、返答する代わりに佐助は舌打ちをした。
 「異論はねぇみたいだな。……じゃあ、とっとと帰んな。真田が待ってるだろうぜ」
 「アンタなんか、大嫌いだ」
 思わず口をついて出た言葉に、しかし政宗は怒るでもなく、喉の奥でくくっと笑った。
 「嫌いでかまわねぇよ。だから、また必ず、来い」
 「……どうだか。せいぜいその辺の奴に殺されないようにするんだね」
 ようやく吐けた皮肉の言葉を残して、忍びは気配一つ残さず、屋敷から消えた。

 ……まったく、あの忍び。人の気もしらねぇで。
 佐助が去った部屋で、政宗は乱れた床を直しながら、独り呟く。ほんの微かに、彼の残した匂いが感じられる。今宵は、これだけで満足して眠れそうだ。
 さて、次にやってくるのは一体いつになるだろうか?期待と、その日に至るまでの眠れぬ夜を思いながら、政宗は久方ぶりの安眠に就いた。


 嘆きつつ ひとりぬる夜の あくるまは  いかに久しき ものとかは知る  

作品名:BSRで小倉百人一首歌物語 作家名:柳田吟