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BSRで小倉百人一首歌物語

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第63首 今はただ(第40首の続き。佐助と政宗)



 かたり、とわざと少しだけ音を立てて、佐助は城主の寝室に侵入した。政宗は特に驚く様子もなく、ちらりと佐助の方を見た。
 佐助が幸村からの文を手渡すと、政宗は大切そうに受け取って目を通す。その瞳は柔らかく優しい。戦場で恐れられる男の目とは到底思えなかった。そんな様子を見るたびに、佐助のこの男を嫌う感情が強くなっていく。内面はぼろぼろの癖に、それを御くびにも出さないこの男の性質が、どうしても許せないのだ。
 不意に視線を感じて、佐助は意識を目の前の男に戻す。心ここにあらず、といった様子の佐助を不審に思ったのだろう。文に注がれていたはずの政宗の隻眼は、今はしっかりと佐助を捉えていた。
 「…何?」
 「何でもねぇよ」
 政宗は書を丁寧に畳んで文箱に仕舞って、煙管を手に取る。深く吸って、吐き出す。
 「猿飛、伝言を頼む。書を交わすのはこれっきりだ。なるべくならここへも来るな」
 淡々と紡がれた言葉に、佐助は眉を顰める。あまりに唐突すぎる。文に何か書かれていたのかとも思うが、出立する前の主の様子を思えば、それはありえない。
 「…どうしてなのか、聞いてもいい?」
 「今はうちと武田は同盟関係にあるが、この先どうなるかわからねぇ。それに俺とあの男はrivalだ。馴れ合ってどうする?」
 まるで書かれたものを無感情に読み上げているようだ、と佐助は思った。この男は予め決めていたのだ。今日を限りにするのだと。
 煙管をふかしながら、政宗は佐助に背を向けた。その背はまるで泣いているようだと思うのは、感傷的にすぎるだろうか。
 「竜の旦那、」
 「That’s all。…帰りな猿飛。俺の気が変わらないうちにな」
 もはや佐助の言葉になど耳を貸すつもりはないのだろう。

 帰路を急ぎながら、佐助は考える。これですべては丸く収まるはずなのに、心が晴れないのは何故か。
 ふと空を見上げると、月は雲に隠れてしまっている。あの男は、今どんな顔をしているのだろう。


 今はただ 思ひ絶えなむ とばかりを  人づてならで いふよしもがな  

作品名:BSRで小倉百人一首歌物語 作家名:柳田吟