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BSRで小倉百人一首歌物語

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第12首 天つ風(佐→かす)



 忍というものは、本来昼間に出歩くものではない。夜の静寂を縫い、闇に紛れて標的の命を狙うのが忍の正しいあり方だ。
 そんなことを考えながら、佐助は暖かく木漏れ日の射し込む森の木の枝にぶら下がっていた。眼下には、流れの緩やかな川が流れている。佐助が残忍な忍であることを知らない鳥たちが、楽しげに囀ずっている。どこまでも穏やかな光景に、思わず自分が忍であることを忘れてしまいそうだ。
 「ね、かすがもそう思わない?」
 反転して枝に腰掛けながら尋ねる。すると、それを狙い済ましたかのように、くないが3本、飛んでくる。
 「うお、危ねぇ」
 言葉に似つかわぬ呑気な調子の声を上げて、佐助は少し離れた枝に飛び移る。そうして先程まで腰掛けていた枝の方を見ると、くないの持ち主が不機嫌そうな顔で立ったまま、佐助を睨んでいた。
 「…私はそうは思わないが」
 「残念。ていうかさ、何もくない投げなくたっていいじゃない?危ないでしょ?」
 「お前の目的が分からないから、仕方ないだろう」
 「相変わらずつれないねぇ」
 近頃は随分平和なものである。今日も偵察の任務がてら、久々にこの森を訪れたのだ。ここに来るとかすがに会えることを、佐助はしっかりと覚えていた。
 佐助の方に本当に敵意がないのを理解したのか、かすがは警戒を解いて、川縁に降り立った。そのまま川の水にそっと両手を入れ、その水を掬って口へと運ぶ。何ということはない一連の所作がこの上なく美しく思えて、佐助は軽口も忘れてその様に見入ってしまう。
 視線を感じたのだろう。かすがは再び佐助の方を睨む。射るようなその視線を気にしないふりをして、素早く跳躍してかすがの隣に並ぶ。それについては、文句はないらしい。
 「そういえばさ、最近あのお方とはどうなの?」
 からかうように尋ねると、途端に顔を真っ赤にして、掬った水を乱暴に投げつけてくる。くないじゃなくてよかったなあなどと呑気に考えている間に、水は佐助の顔に直撃した。
 「冷た!ちょっと乱暴すぎない!?」
 「うるさい!お前が、は、破廉恥なことを聞くのが悪い!」
 今や首筋までも真っ赤にして、かすがは怒鳴り付ける。その様子は市井の女と変わるところはない。
 「私と謙信様はそういう関係ではないと、何度言えばわかるんだお前は!」
 「でも好きなんでしょー?」
 「そ、それは…」
 反論できないようで、黙りこんで俯く。
 本当に、彼女は忍に向いていない。優しすぎるのだ。もっとも彼女は忍として育てられたわけだから、そんな本質を殺して冷酷に任務をこなすことは容易いのだろう。だが、そうして彼女の心が圧し殺され、損なわれていくことを、佐助は好まなかった。できることならば、その美しい心を保ったまま、愛する人と生きて欲しい。そう願っていた。
 「かすがさあ、まだ忍、続けるの?」
 佐助の問いに、かすがの表情が引き締まる。何度も問うたことだが、それでも言わずにはいられなかった。
 「当然だ。謙信様の剣として生きる、それ以外に私に価値など無い」
 真っ直ぐな瞳で、迷いなく言い切る。それは違うよ、と言ってやれたら、どれたけこの心が軽くなるだろうか。きっと戦になんか行かなくても、あの軍神はかすがを手放しはしない。だが、おそらくかすがの心が、それを許さないだろう。彼女はとても厳格なのだ。
 それが分かっていてなお、佐助はかすがに忠告してしまう。それはある意味で、佐助の我儘であった。そしてそのことを、佐助もよく自覚していた。
 お決まりのやり取りが終わり、いつもならこれで別れるところだ。だが、今日はいつもと違った。
 「いつも会う度に聞いてくるが、お前はどうなんだ?」
 え、と思わず間抜けな声が漏れる。かすがの瞳からは、感情が読み取れない。一体どういうつもりで問うたのか理解できず、佐助は返答に困って黙りこんだ。
 「お前だって、忍のくせにやたらと人に世話を焼く。武田への献身も、忍の度を越している。それは忍に向いていないということではないのか?」
 ああ、そういうことかと佐助は納得する。つまりは、かすがも佐助のことを友人として心配しているのた。褪めたような瞳は、それを悟らせず、皮肉を返していると思わせるためのものだ。
 「確かに、お館様とか真田の旦那みたいな主はあんまりいないから、かなり信頼はしてる。向こうも俺様のことかなり大事にしてくれるしね。でも、うちの関係はあくまでその信頼で成り立ってるものだから、やっぱりお前とは違うよ」
 「…そうか。なら、いい」
 納得がいかないらしく、不満げに返す。だが、それ以上に踏み込んで尋ねるつもりはないようだ。それが彼女の優しさであることを、佐助は知っている。
 「あ、でもかすがに世話を焼くのは、好きだからだよ」
 さらりと付け加えた言葉に、かすがは冷たい視線を寄越した。いつもの軽口だと思われているのだろう。真剣に受け取られたくないから、軽口を繕う。だがそこには、紛れもない佐助の本心が込められている。こんな歪な形でしか思いを表現できない自分を、佐助は少し情けなく思う。
 不意に、強い風が吹いた。ここへやってきた時は日差しもあって暖かかったが、日が傾いてきた今はその温もりは跡形もなく消えている。もう、別れの刻限だ。
 「さあて、そろそろ行きますか」
 できることなら、このままここでその姿をずっと眺めていたい。美しい心を持った、美しい人を。
 「ああ。…またな」
 思い出したように付け加えて、かすがは素早く小岩を飛び移りながら、川の向こう岸へ向かう。ちらりとこちらを振り返ってから、森の木々に紛れて、やがてその気配も完全に感じられなくなった。
 またな、か。後に残された佐助は、別れ際のかすがの言葉を思い出す。それもやはり、彼女の優しさなのだろう。この戦乱の世、まして二人は忍なのだから、また会えるなんて保証はどこにもない。それでも、軽い気持ちでも再会を望んでくれていることが、今の佐助にはたまらなく嬉しかった。
 

 天つ風 雲の通ひ路 吹き閉ぢよ をとめの姿 しばしとどめむ

作品名:BSRで小倉百人一首歌物語 作家名:柳田吟