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BSRで小倉百人一首歌物語

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第15首 君がため(小十郎と梵天丸)



 小十郎の幼い主は、年齢のわりに体が小さく細い。外に出たがらない性格であるということもあるが、それ以上に、過度な偏食と少食が大きな原因であると小十郎は考えていた。梵天丸の世話を一任されている小十郎にとって、これは由々しき事態である。
 小十郎とて、手をこまねいていたわけではない。だが、強情な梵天丸は、いくら小十郎が宥めすかしても、反対に厳しく叱り上げても、口に合わないものは食べたくないと頑として拒否する。そこで小十郎は、梵天丸に知られないようにある計画を立た。慎重に巡らせたその計画は近習たちの助けもあって順調に事が進み、あとは最後の一押しを残すだけになった。その一押しの機を、小十郎は辛抱強く待っていた。
 ある日の昼餉の席でのことだ。その日の献立には、梵天丸が最も苦手とする人参が含まれていた。案の定梵天丸は、他の料理は粗方食べ終えたものの、大きめに切られた人参だけにはまったく手をつけた様子が見られない。器に残された人参が梵天丸の意志を主張しているようで、小十郎はいっそ感心するような思いだ。
 「梵天丸様、小十郎の申し上げたいことはお分かりいただけていますね?」
 「お前こそ、梵天丸の言いたいことは分かっているだろう?」
 僅かに嫌味を込めたつもりの言葉は、挑発的に返された。頭に血が上りそうになるが、流石に大人気ないと必死に言い聞かせて気持ちを落ち着かせる。
 「ええ、分かっておりますとも。口に合わぬ物は食べたくないとおっしゃりたいのでしょう?」
 「よく分かっているじゃないか」
 感心感心、と呟きながら、梵天丸は膳を遠ざける。その手を掴んで咎めると、睨み付けるような視線が突き刺さる。無言の抗議は受け容れず、小十郎は膳を挟んで梵天丸の前に正座する。梵天丸も観念したらしく、渋々といった様子で姿勢を正す。
 「ご理解いただけるまで何度でも申し上げましょう。梵天丸様、好き嫌いをしてはなりません」
 「無理だと何度も言っている」
 ぽそりと呟いた言葉は無視して、小十郎は続ける。
 「梵天丸様はその年頃にしては体つきが幼すぎます。いずれ伊達の家を背負う身、もう少しそれを自覚して行動されよ」
 「誰も梵天丸が家を背負うことなど期待していない」
 自嘲気味に言い放つが、その声色に微かに悔しさが滲んでいるのを、小十郎は感じ取る。体も細く、性格も比較的大人しく、その上片目を失った梵天丸を伊達の跡取りとすることを良しとしない者たちがいることは確かだ。だが、小十郎は直感していた。梵天丸こそが伊達の跡取りに相応しいことを。そしていずれは天下をも手に入れることができる将へと育つことを。だからこそ、小十郎は梵天丸に対して時に厳しい言葉を掛ける。それは梵天丸の将来への期待の表れでもあったし、己の才気に自信を持って欲しいと言う切実な願いからの行動でもあった。
 沈黙を気まずく感じたのだろうか。繕うように、梵天丸が言葉を続ける。
 「だいいち、好き嫌いが多くても時宗丸は梵天丸より大きいではないか」
 時宗丸とは、梵天丸より一つ歳下の従弟である。確かに時宗丸は梵天丸以上に偏食をするが、梵天丸とは反対に体は大きかった。だがそれは生まれつきということもあるし、何より室内で過ごすことの多い梵天丸に比べて、時宗丸は外で体を動かして遊ぶことを好んでいるということもあろう。
 小十郎はわざとらしくため息を吐いた。分かっていたことではあったが、やはり口で言っただけではこの強情さを突き崩すことはできそうにない。無理矢理食べさせたところで、梵天丸が納得しなければ根本的な解決にはならない。
 「お心は固いようですな」
 「おう」
 「…実は、ご覧に入れたいものがあります」
 そう言って、小十郎は立ち上がる。それからまだ座ったままの梵天丸の手を引いて立ち上がらせ、部屋の外へと連れ出す。小十郎の予想外の行動に、逆らうこともできなかったようだ。
 驚いたように振り返る家臣や侍女には目もくれず、小十郎は荒く足音を立てながら廊下を歩いた。手を引かれている梵天丸も、それに必死についていく。いつもならば抗議の声を上げているはずの梵天丸が黙ったまま従っているのは、それほどの容赦のなさを小十郎の態度から感じ取っているからだろう。実際今の小十郎は、梵天丸に容赦をするつもりは毛ほどもなかった。それが彼のためなればと思うからこそだ。
 廊下を抜け、屋敷の裏手から山へ上がる。昼下がりの山はとても静かで、平生と変わらない小十郎とすっかり乱れた梵天丸の、二つの呼吸の音だけが互いの耳に届く。
 言葉も交わさず、歩みも緩めること無く歩き続け、ようやく目的の場所にたどり着いた。小十郎を咎めるように名を呼ぼうとする梵天丸が眼前の光景に言葉を失ったのを見て、小十郎は満足の笑みを浮かべた。どうやら、かねてよりの計画は成ったようだ。
 小十郎の計画とは、自らの手で畑を耕すことだった。梵天丸は人の気持ちの分からない子供ではない。むしろ同じ年頃の子供にしては、そうした能力に長けているといえる。だから小十郎は、その長所を利用することにした。それほど単純な御方だろうかと悩んだりもしたが、梵天丸の心と、二人の間に僅かに芽生えた関係を信じ、ようやく収穫にまで漕ぎ着けたのだ。先程器にぽつりと残されていた人参も、この畑で獲れたものであった。
 目を見開いたまま何も言えないでいる梵天丸の頭に、そっと手を置く。聡明な梵天丸のことだから、おそらくこの畑の持ち主が誰なのか理解したのだろう。小十郎は穏やかに声を掛ける。
 「梵天丸様、これは小十郎の耕した畑でございます」
 「…どうして、こんなことを」
 「小十郎が梵天丸様のことを想って育てた野菜ならば、梵天丸様も召し上がっていただけるかと」
 慣れない農作業は苦労の連続であった。畑を耕すのは刀の技術を磨くのに匹敵するほど大変なことだと頭では理解していたが、実際にやってみるとかかる手間も労力も相当のものだ。それを乗り越えられるのは、自分の育てたものを口にする人の存在があるからだと、身に染みて感じられた。
 「…押し付けがましいやつ」
 頭に置かれたままだった小十郎の手を払いのけ、さっさと一人で屋敷へ戻る道を歩いていく梵天丸を見て、小十郎は口許を弛める。梵天丸が言葉少なに小十郎から離れようとするときは、たいてい照れ隠しなのだと知っているからだ。おそらく梵天丸は自室に戻ってすぐさま、残していた人参を口にするだろう。眉を寄せて小さく咀嚼する梵天丸の様子が想像できて、小十郎は心を和ませる。
 素直でない子供だ、と思う。強情で我儘でそのくせ繊細で、扱いづらいことこの上ない。しかし、それ故彼の傍に寄り添い、支えることができるのは自分だけなのだと言う僅かな自負が生まれる。他人にそう思わせることができるのが、梵天丸がもって生まれた器量なのかもしれない。
 どうか健やかに。それが、今の小十郎のただ一つの希望だった。
   

 君がため 春の野に出でて 若菜つむ わが衣手に 雪は降りつつ


作品名:BSRで小倉百人一首歌物語 作家名:柳田吟