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人魚

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8th day[tuesday]:the beautifull beast



「………!」

 一度くらい様子見に行くか、と軽い気持ちで伝令役を交代したのが、ある意味運のツキだった。

 はい、とドアを開ける姿。そんな丁寧な返事を聞くのは初めてだったから、なるほど確かに新鮮だ、と思う。しかし、どうやら朝からシャワーを使っていたらしく、まだ濡れた髪を拭きながら出てきた少年の姿に、ぽかんと口を開けてしまった。
「……?」
 ずんぐりとした体型の男が唖然としているのを軽く見上げながら、エドワードは不思議そうに首を傾げる。
「………ハァ〜」
「え?ブレ…」
 少年が何か言うより早く、ブレダはドアを閉めて彼の腕を引き、ぴし、と両手を足につけさせた。「気をつけ」の姿勢である。
「…エド?」
「……………?」
 きょとんとした顔でこちらを見上げている、…ああなんてことだろう、とブレダは頭をかきむしりたくなった。絶対運が悪い。
 見上げているエドワードの不思議そうな表情ときたら、年相応よりも幼いのに。なんでなのだろうか、どうしてどういう状況でついたのだろうか、その鎖骨のあたりの鬱血の痕は。
 ―――犯人はひとりしか思い当たらない。
 いや、でも万が一、そういうのでなくて、本当に偶然どこかにぶつけたとかそういうのだという可能性はないのか。ありえないなんてことはありえない。
 むしろブレダはそれを祈った。
「少尉?」
 エドワードは困惑気味に、首を反対側に傾げた。…と、今度はもっとはっきりとした痕跡っぽいものが出現。
 …決定打来ました中尉。ホシはクロです。
 溜息まじり、重々しくブレダは尋ねた。
「…エド。大佐は?」
「え………」
 軽く目を見開いて、ぱちっと瞬き。
「…さぁ…起きてはいるみたいだけど」
 なぜそこでしどろもどろになる?なぜ視線をそらす?
 もう、ブレダは兄の心境だった。妹の朝帰りを咎めるような気持ちだ。
「ふーん…」
「あ、少尉、コーヒー飲むか?」
 居心地が悪くなったのだろうが、エドワードは慌てて話題を変える。
「…ん、ああ、もらう」
「じゃ、こっち来てよ」
 パタパタと駆けて行く後姿は、なるほど確かに皆が言っていたようになんだか新婚さん風だ。もう誰に対して頭を抱えればいいのかわからなくなって、ブレダは天を仰いだ。
 神様がほしいと思うのはこんな時である。

 リビングをのぞきこんだら、背後から「あっ」という焦った声が上がった。それで何かあるのかと思って見てみたら、すごく散らかっているということでもないが、なんとなく雑然としていた。
「…いちおう片付けてんだけどっ」
 恥ずかしそうに聞こえるのは、咎められるとでも思っているのだろうか。いや、問い詰めるなら別のことを問い質したいのだが、とブレダは思った。ふと、そんな彼の目が、開けっぱなしの菓子の箱に止まる。
「…?…あー!」
 どうやらエドワードもそれに気付いたらしい。途端目を吊り上げて、ブレダの後ろで大きな声を出す。
「なんだよ」
「箱!…ったく、蓋閉めろって言ってんのに…!乾燥しちまうじゃねーか」
 それまでのそわそわした様子が嘘のように、ぷんぷん怒ったエドワードはそう断言。しかも、なあ、と同意を求めてくる始末。勢いで「ああ」と頷いてしまってから、ブレダは、発言の内容を思い出してげっそりした。
 蓋を閉めろと口をすっぱくして言い聞かせている少年と、どこ吹く風で聞き流している男の姿が容易に想像できたからだ。
「…随分仲良くやってるみたいだな…」
 他に言いようもなくて、彼はそうコメントするに留めた。
「はっ?仲なんか全然よくないっつーの!」
 記憶なくてもあいつ大佐だよやっぱり、とエドワードはぷりぷりしながらキッチンへ行ってしまった。しっかりと、菓子箱の蓋を閉めてから。
「………その仲良しじゃない大佐とじゃあおまえは何をしてそんな痕つけてきたんだ………」
 その小さな背中が消えてしまってから、ブレダはごくごく小さな声で呟いた。
 勿論、少年の耳に届くことはなかったけれど。

 人の気配がしたので、ブレダはエドワードが戻ってきたのかと思って、顔を上げた。
 …が。
 そこにいたのは容疑者…、もといロイだった。
「………」
 なんと呼びかけたものだか一瞬詰まって、結局ブレダは頭を下げる。
「……。何か連絡事項は?」
 そんな男に、ロイは一瞬の沈黙の後、決まりごとのように尋ねる。その口調は、しいていえば普段より真面目そうなものだった。
 ―――普段そんなに手を抜いているのか?
「いや、えーと、今日は特にありません。そちらは?」
「こちらも特に変わったことは…」
 少なくとも、エドワードのように見るからに様子がおかしい、ということはない。このあたりの自制心というか、切替の早さはどうやら生来のものだったようだ。それとも、もはや身に染みついているのか。
「そうですか。…んじゃ、今日は申送り終了です。午後は人寄越さないで平気ですか?」
 この質問に、なぜかロイは瞬きした。
「…ああ、問題ない」
 そうですか、とブレダは気付かぬ風情で答える。
「―――じゃ、また明朝誰か来させますんで」
「ああ、わかった」
 それじゃ俺はこれで、とブレダが腰を上げたところで、エドワードがやってきた。
「あれっ?少尉?帰んの?」
「ああ」
「コーヒーくらい飲んでけよ」
「ん」
 ブレダはトレイからそのままコーヒーカップを取り上げると、その場で飲み干した。
「…少尉?」
 トレイを両手で持ったまま、エドワードはぽかんとした顔をする。そうすると、顔の険が取れていっそあどけない。
「ん、んまかった。ごっそーさん」
「へ?え、あ、ああ…」
 トレイの上にことりとカップを戻し、ブレダはにかっと笑った。それにぱちぱちと瞬きを繰り返すエドワード。そんな少年の頭をぽんぽんと軽く叩き、ブレダは上着を肩にひっかけて歩き出した。
「………?」
 小首を傾げる少年とは対照的に、ロイは苦笑していた。
 …ばれたか。
 エドワードは気付いていないようだが、あの男にはばれたらしい。まあ、それならそれで構わない、というより、もうどうしようもない。せめて口が軽くないことを祈る。―――エドワードのために。
「―――あ!少尉!」
 室内履きから下足に履き替えている妙に太い背中に、はっとして少年は声をかけた。
「あ?」
「あのっ、アル!…アル、元気にしてるかな…」
 最初こそ勢いよく顔を上げたものの、目が合うとそらしてしまい、尻すぼみになった。それでもやはり気にはなるのか、弟のことを尋ねてくる。
 話に聞くところでは、弟の様子をすごく知りたそうにしているくせに、ロイの世話に妙な責任感を抱いているらしくあまり聞いてこない、ということだった。ブレダは苦笑いを浮かべて、太い腕を伸ばすと、少年の頭をかきまぜた。
「ああ、元気だぜ」
「…そっか」
 エドワードはくすぐったそうにそれを受け入れた。そうしていると、幼い子供のようだった。
「おまえさんたちが行くたびふっちらかしてる書庫の整理を手伝ってる。おかげで女史はご機嫌だ」
「……あー…クレイおばさん…?」
「おばさんなんて言って殴られないのおまえだけだな大将。大佐なんてマダムって言って本の角で殴られたんだぞ」
作品名:人魚 作家名:スサ