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それはちょっとした悪戯

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2章 Rest Room



かれこれもう彼らが洗面所に入ってから30分は経過していたが、ドラコの気分は一向によくならなかった。
胃の中のものを出しきっても、気持ち悪そうにうめいている。

ハリーは何度もドラコの背中をさすった。
「大丈夫?ドラコ?」
そう言って、相手の体調を気遣う。
「ハリー……、苦しい……」
震える手がハリーの腕を握っている。

「苦しいよ、ハリー。本当に気分が悪いんだ……」
時々、吐き気が少し治まったときドラコは顔を上げ、すがるような瞳で訴えてきた。
いつものごうまんな態度の彼はそこにはいない。

青白い顔のまま小さく震えて、何度も不安げに見上げる素振りは、ひどくせつなそうで、ハリーは胸がドキドキと高鳴った。
(ドラコが「好き」と言ってくれるときも、こんな顔をしてくれたらいいのに)
とハリーは思ってしまうほど、頼りなげでかわいかった。

「去年の新学期も乗り物酔いしてたけど、今年ほどひどくはなかったよね?ちゃんと酔い止めの薬は飲んできたの?」
自然とハリーの声も優しくなる。
「ああ、飲んでる。だけど、ほとんど効いてないみたいだ。……もう嫌だ、苦しい」
ドラコはひどく気分が悪そうだ。

見かねてぐったりと床にへたり込んでいる彼のとなりに座り込み、辛そうなドラコに自分の肩を貸すと、相手は素直にその身をすり寄せて、顔をしかめて苦しそうな顔をする。
「―――まだ胃の辺りがムカムカするの?あんなに吐いたのに?」
コクコクとうなずいてハリーの胸で、浅い呼吸を何度も繰り返していた。

少し乱れた前髪に、涙ぐんでいる薄青い瞳。
うなだれて少し小刻みに震えて、それでもハリーの手を握って放そうとしない。
身体的ダメージに弱い彼は、この自分の中にある得体の知れない気持ち悪さに、ひどく怯えて困惑していた。

その不安を消したくて相手にもたれかかり、その伝わってくる暖かさや心音などから、安心を得ようとしている。
ドラコの瞳が不安そうに揺れてハリーの手をぎゅっうと握る仕草がやたら、子供っぽく見えた。

ハリーは笑ってその乱れている前髪にキスをする。
だって今のドラコはキスしたくてたまらないほどの、かわいさを漂わせていたからだ。

苦しさに丸められている背中をゆっくり撫でると、その手の感触にドラコはうっとりと瞳を閉じた。
「もっと……」と続きをねだってくる。
それは傍から見ると、ひどく甘えているような仕草にしか見えない。
ハリーはその声に触発されて誘われるように今度は舌先で、ペロッとドラコの涙がにじんでいる目元を舐めた。
それは少ししょっぱくて、ドラコの味がして、ハリーはすごく幸せな気分になる。

夏休みにずっと会えなかったから、こうして再会した途端に、彼と身を寄せていられることがとても嬉しかった。
その原因がただの乗り物酔いだとしてもしかりだ。
とても嬉しい。
ハリーは夏の間、ドラコのことを思わなかった日など一日たりともなかった。

「―――んんっ……」
しかしドラコはそんなハリーの思いに気づくことなく、迷惑そうに頭を振る。
「キスはいいから!必要ないから。そうじゃなくて、背中をさすってくれ。吐き気が少し治まって、すごく気持ちがいいんだ」
(僕のキスが必要ないからって、いったい何だよ)と思う。

「まったくいつも君は僕に、『要求』と『命令』しかしないね」
ハリーはどうしようもなくつれない態度の相手に、肩をすくめた。
それでも惚れた者の弱みで、言われたとおりに撫でると、ドラコは満足そうに力を抜き、からだ全体をハリーに預けて寄りかかってくる。
その彼の重さが気持ちよかった。

自分にだけに甘える仕草。
自分にだけ言うわがまま。
自分にだけにする理不尽な態度。
それらはとてもハリーを幸せにするものだ。

ドラコの背中を何度も労わるように、上下に動かして撫でる。
「―――気持ち悪いのは、少しは治まった?」
「少しだけ……。ありがとう、ハリー……」
甘い吐息とともに、ドラコが感謝(!)の言葉まで口にした。

いつもドラコから散々な扱いを受けていたハリーは、ひどく感激する。
(ああ、たまらない。今の君は、なんてかわいいんだ……)
思わず『一生、乗り物酔いをしていてくれ!!』と、心から願ってしまったほどだ。

数分はおとなしくしていたドラコだったが、また体調が悪くなってきたらしい。
「―――ハリー、ごめん。やっぱり気分がまた悪くなってきた―――」
ドラコの肩がかすかに震えだす。

「ハリー……」
ドラコは躊躇せず手を伸ばし、ぎゅっと自分からハリーにしがみ付いた。
「お願いだ、もっと撫でてくれ。……僕にさわって―――」
その言葉を拡大解釈したハリーは、ラッキーとばかり背中に回している手を、相手の腰に伸ばそうとする。
その感触に驚いたドラコに思いっきり手をつねられた。

「イデーッ!!」
「このバカ!なんで体調が悪い僕が今、そんなことを考えるはずないだろ!ちゃんと空気を読めよっ!」

ハリーは赤くなった手を摩って、相手をうらめしくにらんだ。
「久しぶりの再会だし、こんな色っぽい声であえぐような顔で、ドラコに抱きつかれたら、絶対に勘違いするって!僕も男なんだし、ずっと会えなかったんだし、決まっているじゃないか!」
ハリーはふてくされて、少し怒った顔になる。

「じゃあ、もういい。僕に触るな、金輪際!!」
ドラコも怒った顔で言い返す。その仕草が憎たらしい。
「君がそう言うんだったら逆に、君の嫌がることをしてやるっ!」
ハリーは相手をにらみつけながら、強引にドラコを抱きこみ背中を撫でた。
「本当に触られるのが嫌なら、逃げ出してもいいんだからね!」
むすっとした顔で言われたけれどドラコ自身がそれを望んでいたので、それ以上は憎まれ口を叩かず、ずっと大人しくハリーの腕の中にいる。

抱きしめたままの相手はそれはそれでとてもかわいくて素敵だったけれど、またハリーがキスしようとしたり腰から下に手を入れてきたら、すぐに烈火のごとく怒るのだろう。
(期待だけさせておいて、最後はいつもこれだよ!)
ハリーは心の中でブツブツ文句を言った。

だけど別にこの行為自体に不満などない。
逆にこんなにもドラコに無条件にさわれることなんか滅多にないので、むしろ顔が締まらないほど嬉しいぐらいだ。

きれいな金髪からほっそりとしたうなじが目の前に迫り、その白さに誘われるように顔を寄せてみた。
少し甘くてすっきりとした匂いがドラコの首筋から匂ってくる。

「ドラコ、コロン変えたの?」
「ああ、グリーン系シトラスにしたんだ」
「……それもこの乗り物酔いに関係しているのかもね。柑橘系はダメだよ。余計に胃が縮こまって、酔うらしいよ。―――そしてこの顔色の悪さは、睡眠不足も原因しているんじゃない?」
うつむいている青白い顔を覗き込んだ。

「近頃は3時間くらいしか眠れないんだ。眠ってもすぐに目が覚めてしまうし……」
ポツリとドラコは答えた。薄くクマが浮き出ている目元が何かを思い出しているように揺れている。

「僕がいなくて寂しかったとか?」
「それは100%ないっ!」
きっぱりと否定されてしまう。
「ああ君のことだ。そりゃそうだろうね!」
と少しぶっきら棒にハリーは答えた。
作品名:それはちょっとした悪戯 作家名:sabure